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百千鳥

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aza.c@live.jp

大警告ーマリア・ディバインマースィー

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(「嵐を防ぐ祈りまたは祝福」)

2019年11月9日


落花生にぎり碁盤を睨みけり

母親似二重まぶたの千歳飴

藁しべの旅路を映す秋の水

手のひらにふるさとが鳴る木の実かな
      (みのる)



2019年11月1日



『愛の逃亡者』―聖ジェラルド・マイエラ伝
シスター岡本訳 レデンプトール会
 ―「奇跡をする人」「母親の保護の聖人」1904年教皇ピオⅩ世により列聖
5回目

「しかしいまは奇跡を行なうときではない。

一七三八年、父ドメ二コ・マイエラが亡くなったばかりである。

このつつましい職人の家では、父がいるときでさえたびたび食事にこと欠くことがあったのに、働き者の父を失ったことは、一家にとって二重の不幸を引き起こすこととなった。

食卓の父の席が空である上に、パンのかごもやはり空になってしまった・・・・・

父が亡くなったときジェラルドは残念なことに、また遊びたい盛りの、辛いことがあれば泣きもしたい、十二歳の少年に過ぎなかった。だがいまや残された家族の中の唯一の男性である。家中の愛を受けて育ってきた少年の肩に、家族を養う重荷がのしかかってきた。しかし心はいくらはやっても、子どもがいきなり大人になることは無理である。

だがどんなに責任が身に余るものであってとしても、とにかくジェラルドは、父の使っていた針や曲尺(かねじゃく)やはさみを使って、働かなければならないのだ。

実はこの少年には全く別の、心に描いている夢があった。「修道者になりたい」という夢が。

しかし今この少年は、家族の支柱という立場に置かれた。そして母は彼には仕立屋の修業を指せようと決めたのだ。よろしい。死に至るまで御父に従がわれたイエズスに倣うために、ジェラルドは母に従がって仕立屋に成ろうとする。そして仕立屋のマルチノ・パヌト親方のところへ見習いとして住み込んだ。

セミナリオ町十一番地にある窓もないその家は、現在薬局の倉庫になってしまっているのは、この小さな町にとってなんと残念なことであろう。そこを仕事と、祈りと、忍耐の聖堂としたらよいであろうに。

パヌト親方は悪い人ではなかった。その下にいる番頭が粗野で乱暴な人であった。それがジェラルドを散々苦しめた。ジェラルドが親方の家に来た最初の日から、かれはこの清らかで優しい少年と性が合わず、嫌い出したのである。なるほどジェラルドは働くことはよく働くが、朝も夕もミサや聖体訪問に行って来るし、針を持つあいだも心は霊の世界に遊んで祈りながら神と話し合っていて、しまいにはそちらの方にすっかり心をうばわれてしまうのである。
「やいやい、お祈りどころじゃねぇんだぞ」
と言ってバカにし、やがて怒りを爆発させて親方に言いつけるのであった。
「親方、この見習いは全くの役立たずです。こんな怠け者ったらありません。何もしないだけではなく、新米のくせに外をうろつき歩いているんです。朝も夜もいったいどこをうろつきやがってんだ、たちの悪いやつめ」

こう言われてもジェラルドはただ黙しているだけである。愛する主、あのお方も非難されたとき口を開かれなかったのだから、ジェラルドも黙っている。

パヌトはどう考えて考えてよいかわからなくなる。

またあるときは、
「何だって、仕事をする代わりにどこをうろついて来やがったんだ。どうだ、言えねえだろう」
ジェラルドはやはり黙っている。すると、
「顔の上におれのげんこつがほしいってんだな。ようし・・・」
「どうぞ叩いてください。ぼくにはそれが相応しいのですから」
とジェラルドが答えるやいなや、小さなかれのからだになぐるけるの乱暴を加えるのであった。

それでもジェラルドは沈黙を守った。母のベニタにもパヌト親方にも知られずにすんだ。こうしたあらゆる苦痛に対して耐える勇気を、この少年はもっていた。年齢には似合わない深い内的生活が、それを可能にさせたのであろうが、これ以上がまんできないと思われるときには、歯をくいしばって頑張り、
「神様、み旨の行なわれますように」
と心の中で言うのであった。

かれの死の少し前に、その生涯の間に御父にささげたすべての内的行為を、露わに記すようにと、従順の名によってしいて命じられたからこそ、これらの感動すべき秘密が、今日伝えられているのである。

ある朝カポディジアノの教区まで朝の祈りに行ったために、少し遅れて仕事に加わろうとしたジェラルドは、例の番頭にいきなりげんこつを食わされてしまった。黙ってほほえみ返したジェラルドに相手は激怒し、
「笑いやがったな。貴様はおれをからかう気か?」
「いいえ、あなたをからかったりなんかしません」
「じゃ、なんで笑った」
「神様のお手がぼくをお打ちになったので、うれしかったからです」

こうしたジェラルドの答えに野獣のように怒りを倍化した番頭は、なおもげんこつを加えるのであった。

またある日は、例によって激怒した番頭が哀れないけにえを路上に放り出し、殴りつけたり鉄の物差しで打ちたたいたりするのが見られた。ジェラルドは地面にひざまずいて静かに言った。
「ぼくは、イエズス・キリストへの愛のために、あなたをゆるします」


親方パヌトはジェラルドの行動をよく見たいと思い、ある日不意に現場に姿を現した。見習いの少年は気絶するほどの荒々しさで地面に投げ出された。
「いったい、どうしたんだ」
「こいつに聞いてくださいな」
番頭は犠牲者の英雄的な口の固さを計算に入れて親方にこう答えた。するとジェラルドはささやくように言うのであった。
「親方、すみません。ぼくが台から落っこちたんです」
そしてまた仕事に上ると、何事もなかったようにあぐらをかき、再び針をとり上げた。

辛い労働の一日が過ぎ夜になるとジェラルドは教会へ行き、愛する「囚われ人」のそばで力を回復し、元気をとり戻すのであった。また昼間怒りっぽい番頭が口にした不敬な言葉を償うために、至聖所の敷石の床に口づけしてから、下で床をなめていた。

ジェラルドの行動をもっとはっきりはっきり知りたいと思ったパヌトは、ある夜ひそかにあとをつけて行き、こうした感動的な苦行の場面に居合わせたのである。さらにかれは、自分の見習小僧が突然脱魂状態に入るのを目撃した。

パヌトはやっとはっきりと真相をつかんだので番頭を首にしてしまった。(タカシ)




2019年10月30日



『愛の逃亡者』―聖ジェラルド・マイエラ伝
シスター岡本訳 レデンプトール会
 ―「奇跡をする人」「母親の保護の聖人」1904年教皇ピオⅩ世により列聖
4回目

「学校や遊びの合間や教会に行かないときにはジェラルドは、ムロをとり巻いている乾いた斜面の上で羊の番をすることがあった。

銀色に輝くオリーブの林の中で、小さな羊飼いが小さな群れの番をしていた。

ある日おいしそうな羊の肉への欲に引きずられた数人の泥棒が、ジェラルドの小さな羊を一頭盗んでしまった。きっとかれらはこの羊飼いの少年がだれかを知っていて、羊の番をするよりも「神様」のことに心ををうばわれていることが多いのを承知していたのであろう。そうでなくてもこういうことに慣れたかれらにとって、ことを行うのはいとたやすいことであった。かれらはなるべく後悔を覚えなくて済むように、ぬすんだ動物をさっさと料理して、請け合った夜のごちそうを作るのを急いだ。

小さな羊飼いは家に着いてから羊が足りないことを知り、探し回ったがどうしても一頭の子羊が見つけ出せない。どろぼうにとられたのだろうか。大事な羊がいなくなって父と母がとてもがっかりしている。この羊は両親のものではなく、大切な親友のものであったのだ。いまその悲しみを見てジェラルドの心は申し訳なさでいっぱいになった。そしてちょうど考えていたが、すぐ驚くほどの単純さでこう言った。
「お父さんもお母さんも安心して、子羊は元気で無事に戻って来るから」
「信じるものですか」
ジェラルドは奇跡をもたらすものの生き生きとした信仰を持って祈り始めた。

少年の熱い祈りの数刻が過ぎた。すると庭の入口に、良く肥えてふさふさした毛並の子羊が、じれったそうに前脚をけりながら、メエメエと鳴いているではないか。

信じる人にとってすべては簡単なのである。

この愛らしい奇跡は、ロムの大聖堂の参事会員フランチェスコ・マリア・マㇽルダによって保証されている。

山をも動かすジェラルドの強い信仰と、主が言われたそのみ言葉を少ししか信じないわたしたちの不信と、いったいどちらがより驚くべきことなのであろうか。(タカシ)



2019年10月29日


鶏頭の垂れて野末に祈りけり

木犀の匂いを刻む腕時計

賢治留守畑は秋の風ばかり

一本の鶏頭が立つ道しるべ
      (みのる)



2019年10月28日



『愛の逃亡者』―聖ジェラルド・マイエラ伝
シスター岡本訳 レデンプトール会
 ―「奇跡をする人」「母親の保護の聖人」1904年教皇ピオⅩ世により列聖
3回目

「さてジェラルドは十歳になった。幼いころから続いた幼きイエズスとのひそかな遊びは、もう終わりを告げてもよいのです。ジェラルドの名が小教区の帳簿に記録される正式な初聖体拝領の時期が来た。これからは御自分を聖なるパンとしてジェラルドにお与えになることを、イエズスが許されたのである。

だがそれは「適度に」であった。初めは月に二度が三度、やがて週に二度か三度と、聴罪司祭がゆるす限り、ジェラルドは聖体を拝領した。

ジェラルドの日々の生活の中で、聖体拝領のできる日は最高の日であるから、その前には告白と苦行による準備をした。前夜小さなからだを激しくむち打つ音を姉たちは聞いていたが、朝になるとよりいっそうの熱心さで、さらに激しくむち打ちをくり返すのであった。身ぶるいするほどのそのむち打ちが激しいので姉たちが見に行くと、痛さをより強くするためにジェラルドは、綱を編んだむちを水でぬらして使っていた。

さらにジェラルドは、小さいときからずっと食べもの飲みものについて節制を守り、一週に何回かは、パンと水だけしか口にしないという厳しい断食をしていた。

だがいまや、晴れて聖体を受けられるようになると完全な絶食をするようになり、それが町の評判になった。
「このかわいそうな坊やは、栄養失調で死んでしまうでしょう。何日も何も食べようとしないのですから」
ベニタは近所の人にこう打ち明けて泣き、きく人ももらい泣きするのであった。

だがそんなことは何のききめもなかった。

母のベニタは一日中畑へ出て働かなければならなかったので、そういうときには家を出るとき、ジェラルドのために昼の食事を用意しておいた。ところが、夕方家に帰ってみると、食事は全然手を付けられずにそのまま残っていた。ジェラルドに尋ねるとこう答えるのであった。
「ぼくは食べたよ。だからおなかはすいていません」
ジェラルドは学校の休みを利用して、カポディジアノの教会やチルリ家の静けさの中で、あの白いパンをもらって楽しんでいたのである。

ジェラルドの短い生涯には数々のふしぎが伴い続くのだが、神の御子が人間の子供とともに遊ばれた最もすばらしいパンの遊びは、このようにごく幼いときからかれの上に、ここムロの町で行なわれていたのである。(タカシ)


2019年10月27日



『愛の逃亡者』―聖ジェラルド・マイエラ伝
シスター岡本訳 レデンプトール会
 ―「奇跡をする人」「母親の保護の聖人」1904年教皇ピオⅩ世により列聖
2回目

「やがてジェラルドは七歳となり、三年間学校へ通うようになった。この小さな生徒は、読み書きや計算も、自分の考えを表現することも、思いのほか速くすらすらと覚えてしまった。何を質問しても申し分なく答えるので、先生のドナド・スピッチは「私の歓び」と言ってジェラルドを可愛がり、勉強の遅れている子供たちの復習を見てやるようにさせた。カトリック要理の授業については、ジェラルドはすでに母と聖霊から教えられていた。

先生はからだが弱かったので授業は休みのときが多く、そのたびにジェラルドは、こうして仲間の上に力を及ぼすようになっていった。といっても仲間たちをけしかけて、小道を通って畑荒らしに狩り立てるとか、段々畑や道で犬を追いかけるというのではない。ジェラルドは騒々しい遊びは好きでなく、かれが仲間たちを率いていくのは、教会であった。
「おいで、みんな。ご聖ひつの中に閉じこめられていらっしゃるイエズス様のところへ、ごあいさつしにいこうよ」
ジェラルドがこう言うと仲間たちは皆喜んでついて来た。このようにしてかれは、騒々しい連中を征服してしまうのであった。

この仲間はまた、ムロの町外れに在る段々畑のようになっていたチルリ家の庭園に行き、そこの散歩道や木陰で聖歌を歌ったり、十字架行列やマリア行列をして遊ぶこともあった。ほかの人とするなら、嫌気を覚えるこうした信心の業も、ジェラルドといっしょだと、皆熱中してするのであった。

ある夕方、こうした信心の遊びに熱中しているときジェラルドは、二本の小枝を十字架を作り、それを木に結びつけて言った。
「さあ、みんな、ひざまずいて聖なる十字架を拝もう」
すると小さな仲間たちは、いっせいに率直に従った。大勢の子供たちが手に手に明かりをもってその木に口づけし、まるでそこは、ろうそくのいっぱいともされた祭壇のように明るく輝いて、ムロの町全体に光を投げかけていた。するとこの明るい茂みの中に幼いイエズスが、またしてもあの白いパンをもってお現れになった。これを見たのはジェラルドだけであったが、彼がイエズスを見るときいつも白いパンを持っておられるのだ。

これは呼びかけであろうか。前ぶれであろうか。それとももっと意味深いものであろうか。とにかくジェラルドが飢えているのは、ただご聖体のパンなのである。のどが渇くのもおなかがすくのも忘れて、かれの呼ぶ「愛する囚(とら)われ人(びと)」のおられるご聖ひつの前で、遅くまで祈っていた。この子供はミサにあずかるときには魂をうばわれたように我を忘れ、その顔は輝きを帯びて変貌するのであった。聖変化とそれに続く聖体奉挙のときには、床まで頭を垂れ長いことひれ伏していた。それから頭を上げ、司祭の手にするこの聖なるパンを、目と心を全体でむさぼるように食べ尽くすのであった。

幼いかれがこのように熱い憧憬(どうけい)を抱いていたとしても、まだあまりにも小さすぎた。当時聖体拝領には一定の年齢が定められており、少なくとも、十歳か十一歳になっていなければならなかった。だがジェラルドはまだやっと八歳になったばかりである。

それまでまだ二年も待たなければならないのであろうか?とてもそれはできそうにない。

当時聖体拝領は一年に数回のごく限られた大祝日にだけゆるされており、その日には聖体拝領のときには、ご聖ひつの扉が開けられるのであった。現在のようにそのミサで聖別した聖体を拝領するのではなく、聖ひつに保存されていた聖体を受けるからである。そういう珍しく聖ひつの扉が開かれたあるミサのときに、もう我慢できなくなったジェラルドは、人々は混じって聖体拝領台まで出て行った。至聖所と信者席との境に設けられた拝領台に、信者は横に並んでひざまずき、司祭は左右に往復して聖体を授けた。

聖体を授けながらジェラルドのところまで来た司祭は、拝領台の白布に辛うじて届く口を開き、緊張した面持で持つこの少年の前で、一瞬戸惑ったが、
「だめです。おまえはまだ小さすぎる」
と言うと、厳しい顔つきで通し過ぎてしまった。

聖体拝領は子供の遊びではない。だがこの拒絶は、ジェラルドの心には痛すぎること、悲しすぎることであった。不意に泣きじゃくり始めたかと思うと、聖堂の片すみに行き長いあいだすすり泣いていた。

たとえ教会法の規定がそうであったとしても、ジェラルドのこのひたむきな愛と悲しみを前にして、イエズスもあと二年待つことなどおできにならなかった。

その夜小さな寝床に入ってもジェラルドはまだ、熱い涙を流し続けていた。すると急にかれの貧しい小さな部屋が光でいっぱいになり、聖ミカエルが現れた。ジェラルドはそれが、自分の大好きな天使の聖ミカエルに違いないことが本能的にわかった。大天使聖ミカエルはそこに生きた姿で現れ、ジェラルドに聖ひつのあの聖別されたパンをさし出したのである。なんといううれしさ。大喜びで起き上がったジェラルドは、唇とそして心とを開いた。

このふしぎな初聖体拝領にはただ天使たちだけが、驚きねたみながらあずかっていた。

信仰の世界に馴れたジェラルドは少しも驚かず、ただ幸福にひたりきっていた。そして朝起きるや、この喜びを無邪気に打ち明けて言った。
「きのう、神父様はぼくにご聖体をくださらなかったでしょ。でも夜中に大天使聖ミカエルがぼくに、イエズス様をくださったのだよ」
この話を聞いたインマヌエエラ・ヴェトロミラや近所の人たちが、十字架のしるしをしながら伝えたので、ニュースは家から家へと広がった。

当時のヤンセニズム色に染まった教会によって、この年齢の子供には禁じられていた聖体拝領が、天使たちの助けを借りたこのふしぎなパンの奇跡として、イエズスとジェラルドのあいだに始まっていたのだ。そしてこれは誰にも知られず、ひそかに続けられていく。

ジェラルドは時々家からいなくなることがあった。だがもうカポディジアノまで走って行く必要はなかった。大聖堂かもっと近くの聖マルコ教会まで登って行けば十分であった。そこで長いこと、イエズスと二人きりで過ごしていた。

ある日祭壇のもとで一心に祈っているジェラルドを見かけた司祭が、
「そこで何をしているのかね」
と尋ねると、
「ご聖ひつから男の子が出て来て、ぼくに聖なるパンをくださったのです」
と無邪気に答えた。その男の子とは、あのカポディジアノの小さな友だちであることを、ジェラルドはよく知っていた。その友だちは時々ミサの間に、司祭の両手の中に可愛らしい赤ん坊の姿で、ジェラルドに現れていた。だが聖体拝領のときになるとその姿が消えてしまい、ジェラルドは残念がって涙を流すのであった。ある日ジェラルドはミサをささげた司祭に出会ったので、
「どうして神父様は、あんなに可愛らしい赤ちゃんを食べちゃうことができるのですか」
と率直な非難を投げかけ、無邪気にこうつけ加えた。
「ぼくは、このことを司教様に言いつけに行きます」
聖なるパンを渇望するこの子供を、定められた年齢になる前に、ひそかな聖体拝領を続けてもよいとする聖なるペテン師。

註 このことは後年ジェラルドを列聖する聖者とのかかわりをも眺めるとき興味深い。1904年に聖ピオ十世が教皇即位後最初に聖人の位に挙げたのがこのジェラルドであるが、教皇は信者に毎日の聖体拝領をすすめ七歳以上の子供の初聖体拝領を奨励し、とくに、「聖体の教皇」として慕われたかたである。(タカシ)



2019年10月26日



『愛の逃亡者』―聖ジェラルド・マイエラ伝
シスター岡本訳 レデンプトール会
 ―「奇跡をする人」「母親の保護の聖人」1904年教皇ピオⅩ世により列聖
1回目

「1726年4月6日に、ここムロの町のピアネロ(小さな平地の意味)の町の一軒の家でジェラルド・マイエラは生まれた。ここは町の東側の、そびえ立つ大聖堂とレッシオの淵(ふち)との中間に、ぶら下がるように突き出た小さな岩場で、この町唯一の平たい場所である。

大聖堂の首席司祭は、このつつましい職人の赤ん坊に洗礼を授けたときに、自分の手を通してすばらしい恵みが注がれていくのを感じたであろうか。

四人めに初めて男の子をもうけて幸せいっぱいの母親は、間もなくこの赤ん坊が他の子供とは違っていることに気づき始める。ジェラルド坊やはほとんど泣かず、お乳を求めて泣き叫ぶこともないのである。

泣きもせずいつも愛くるしいこの赤ん坊のふしぎさに、近所の人々も感心して眺めるのだった。母はただ頬ずりしながら「坊や、祝福されますように」とくり返しささやいている。

赤ん坊が少し大きくなると母は子供に神様のこと、イエズス様や十字架やマリア様のことを話してきかせていた。また家から二キロほど離れたカポディジアノの教会へもよく連れていった。そこはレッシオの渕(ふち)とは反対側のサンヘルの道を上ったところの、ゆるやかな斜面に建つ教会であった。

四、五歳になったジェラルドの最初の遊びは、小さな祭壇を作って飾ることであった。親せきの人が教会の香部屋係をしていたので、その人が取っておいてくれるろうそくのくずをもらっては、苦労して自分の祭壇のための明かりを作っていた。花も摘んで来て飾り、花とろうそくの間には自分のもっているご絵やご像を並べ立てた。中で一番よい場所を与えられて目だっているのは、いつでも聖ミカエルであった。幼いジェラルドがその前で祈ったり、可愛い声で聖歌を歌うのを戸のすき間からのぞいては、親類や近所の人たちはうっとりして感心していた。

母はただ夢見るようにささやくのだった。
「坊や、祝福されますように」

1732年の春浅いある日のこと。6歳の誕生日もま近いジェラルドが、嬉しそうな顔つきで家の中へ駆け込むなり、
「お母さん、見て」
と言っておいしそうな白いパンをさし出して見せた。
「だれにいただいたの」
「可愛い男の子から」

きっとだれか金持ちの坊やのことだろうと母のベニタは考えた。ところが白いパンの事件は二度三度と続き、とうとう毎日のこととなってしまった。
「ぼくにパンをくれるのは、きれいなおばさんとその子なんだよ」
「どんなおばさんなの、なんというお名前?」
「背が高くてきれいなおばさんだよ」


こんなに白いパンを毎日食べるようなぜいたくのできる家庭は、ムロには一軒もないことを母は知っている。だがいくらジェラルドにきいてもそれ以上は分からない。

姉のアニタはこのふしぎを突き止めてみたいと思った。それで朝ジェラルドが出かけると、好奇心から弟のあとをつけて行った。ジェラルドがレッシオの渕の方へ行くのが見える。

ピアネロとほとんど同じ高さのところに現在コンクリートの橋が架かっており、その百メートル下に谷川が流れている。

ジェラルドはごつごつした岩肌を掘って作った険しい小道に踏み入ると、でこぼこ道を急流の方へと下って行く。
「いったいどこへ行くのかしら」

離れてあとをつけながらアニタはふしぎでならない。

やっと谷底に着くと、今度は急流の二十メートル上にかかったディアプロ橋の古いアーチを通り、別の斜面を登り始めた。はだしの足で石灰のほこりの中を、畑や、ぶどう畑やいちぢくの茂みの中をどんどん進んで行く。
「ほんとに、止まるのかしら」

アニタの不審は続く。

ディアプロ橋から一キロのところに、ローマ時代のヤヌス神殿の廃墟に建てられた、カポディジアノの古い聖堂がある。この地方の聖母巡礼の聖地で「恵みの聖母」への信心がささげられる場所である。ここの聖母像はひざに幼きイエズスをのせておられる。

アニタはジェラルドが立ち止ったのを見た。やっと。

ジェラルドは小さい両足をいっぱいに踏ん張って大きな扉を開けると、至聖所の中に姿を消してしまった。

そこまで追いついたアニタは、半ば開かれた入口の扉から中をのぞいたが、その光景に目を疑わずにはいられなかった。

ご像の幼きイエズスが聖母のひざから離れ、するするっと降りて来る。子供同志、遊ぶことの他に何ができるであろう。飽きるまでひたすら遊びほうけるのが子供なのだ。幼子イエズスが幼いジェラルドといっしょ、聖堂の中で静かに楽しそうの遊んでいる。それはいつものことらしく、二人はよく知り合っている様子だ。

ジェラルドも最初のときは驚いたのであろうか。いったい子供が驚くものであろうか。子供はあらゆることに興味をもち、ふしぎがるが、少しも驚きはしない。

幼きイエズスとジェラルド坊やの遊びは終わった。
「またあしたね、ジェラルド」「またあしたね、さよなら」

すると、二人が仲よく嬉々とたわむれているあいだほほえんで見ておられた聖母が、マントの中からふしぎなまっ白いパンを取り出して、ジェラルドに渡された。
「ありがとう、おばさん、さよなら」

ジェラルドはそれからさっき来た道をディアプロ橋の方へ急いで帰り、今日の喜びと、もらった白いパンとを、母の前にさし出すのであった。

あとをつけて一部始終を見てしまったアニタは、感動のあまり大きなため息を吐き、この秘密を持って帰り母に語った。

翌日母のベニタは、自分の目で確かめるために、そっと至聖所に隠れていた。

母もまた昨日アニタが語ったのと同じ楽園の場面を目にして、心臓が止まるほどの驚きを覚えた。やがて子供たちの遊びは終わりジェラルドのいう「おばさん」と「男の子」から白いパンが渡された。

イエズスと聖母がこれからわが子に、どのようなことをなさるであろうかと、目もくらむ思いのうちに、母はまたしてもささやくのであった。
「坊や、祝福されますように」

イエズスと聖母のなさることとは?(タカシ)



2019年10月22日


主の、ある選ばれた霊魂への言葉
「あなたが私の像に接吻するときにはいつでも、私もお返しにあなたに接吻をする。あなたが私の像を胸に抱きしめるときにはいつでも、私もお返しにあなたを私の胸に抱きしめる。あなたが私のことを思うときにはいつでも、私もお返しにあなたのことを思う。実際には、あなたたちはいつもわが思いのうちにあるのだが、これらの時には、私は、特別なる愛と専心とをもってあなたたちのことを思うのだ。」
「白い祈祷書」より   (静香) 



2019年10月15日


約束
「聞き、それをあなたの心に染み込ませなさい。私の愛する小さな息子よ。どんなときにも落胆したり失望したりしてはいけません。何に対しても顔色を変えたり心を動揺させたりしてはなりません。また、どんな病気や苦しみも、心配事や苦痛も恐れてはなりません。わたしはここにあなたの母としているではありませんか。あなたは私の影と保護のもとにあるのではありませんか。私はあなたの生命の泉ではないのですか。あなたは私の腕に抱かれているのではありませんか。あなたに必要なことが他にありますか。」
「理解しなさい、私の愛する息子よ、私が、私たちがその中に生きる天地の創造主である真実の神の永遠なる母であるということを。私が愛と憐み、救いと保護をもたらすため、ここに私を記念して聖堂が建てられることが私の緊急の願いです。私を愛し、信頼し、私に助けを求めるあなたの同胞にとって、私は愛と憐みの母なのです。私は彼らの嘆きに耳を傾け、そのすべての悲しみと苦難に慰めを与えましょう。」

グァダルーペの聖母の、ファン・ディエゴへの御言葉
「白い祈祷書」より  (静香) 



2019年10月14日


グァダルーペの聖母への祈り

グァダルーペの聖マリア、奇しきバラよ、公教会のために祈り給え。教皇を守り給え。御身に祈願する者を、その必要に際し助け給え。御身は永遠の童貞にして真の神の御母なるが故、われらのために、信仰を貫く恵みと苦難のうちの甘美なる希望、そして燃え上がる愛と臨終のときに忍耐する特別なる恵みを、御身の至聖なる御子に取り次ぎ給え。アーメン。


教皇ピオⅩⅡ世によるグァダルーペの聖母への祈り

めでたしグァダルーペの乙女よ、アメリカの元后よ!御身の力強き庇護のもとに、全アメリカ大陸におけるわれらの信仰を、世々に至るまで純粋清廉に保ちたまえ。
アーメン。
 

「白い祈祷書」より  アメリカのためにもお祈りください (静香) 



2019年10月12日


新豆腐よくぞ日本に生まれけり

落書の跳ね兎あり今日の月

青春編読み終え梨の甘きかな

天空にマッハを刻む飛行雲
      (みのる)



2019年10月10日


薫風に時が止まったカフェテラス

ひと夏を茶房でしのぐ贅の日々

梨畑腰の低さを求め居り

数学は解けずもろこし食うばかり
      (みのる)



2019年10月6日


み使いの告げたまえば へりくだりたもうマリア
み救いのみ子の母と ここに定まりましぬ
み冠はロザリオ ばらの花うち香り
祈りは珠の数々 み前に献げまつる


カトリック聖歌集371番   (静香)



2019年10月5日


英会話祭りばやしに混じりけり

卯の花に小声をかける初老かな

変形に西瓜を分ける子沢山

さよならを大空に描く小鳥かな
       (みのる)



2019年10月4日


いろんな思い出のある歌。

マリア様の心 それは青空
私たちをつつむ 広い青空

マリア様の心 それは樫の木
私たちを守る 強い樫の木

マリア様の心 それはうぐいす
私たちと歌う 森のうぐいす

マリア様の心 それは山百合
私たちもほしい 白い山百合

マリア様の心 それはサファイヤ
私たちを飾る 光るサファイヤ


典礼聖歌集より (エリィ






2019年10月3日


皆様、たくさんのお祈りをありがとうございます。

お祈りでお支えくださり、感謝しております。

自身と家族、住む場所に大きな被害がなかったのは、天が守ってくださったと実感しています。

台風発生から「嵐を防ぐ祈りまたは祝福」を一日一回祈り続けていました。本当に効果があるのでご紹介します。

嵐を防ぐ祈りまたは祝福
「光栄の王イエズス・キリストは平和のうちに来たり給いぬ。+神は人となり、+御言葉は肉体となり給えり。+キリストは処女( おとめ)より生まれ給えり。+キリストは苦しみ給えり。+キリストは十字架にかけられ給えり。+キリストは死し給えり。+キリストは死者のうちより復活し給えり。+キリストは天に昇り給えり。+キリストは征服し給う。+キリストは統治し給う。+キリストは命令し給う。+キリストがわれらをすべての嵐と稲妻より護り給わんことを。+キリストはこれらの只中を平和のうちに通り給い、+しかして御言葉は肉体となり給えり。+キリストはマリアとともにわれらと共に在します。+立ち去れ、汝ら敵対する霊共よ。ユダ族の獅子、ダヴィドのひこ生えは勝利し給いたれば。+聖なる神よ、+聖にして力強き神よ!+聖にして不死なる神よ!+われらを憐み給え。アーメン!」(『ピエタ』より)


これから台風18号が影響を及ぼす地域があるかもしれませんので、今からお祈りしています。(匿名)


「嵐を防ぐ祈りまたは祝福」は上の「便利印刷」にアップしました。(管理人)




2019年10月1日


主よわれらいま ここにあり
主よ強めませ 御身の愛に
御身の愛によりて


カトリック聖歌集69番 (静香)



2019年9月12日



お祈りを!

台風の被害地域に住んでいます。

台風被害で苦しまれている人々のために、お祈りにより助けて頂けるとありがたいです。

どうかこの苦しみにより、真の神に立ち返らせて下さいますように。(匿名)



2019年8月27日


香水もほのか孤老の部屋を訪う

おいと呼び葦簀の奥に声を待つ

二三転して余りある夏座敷

昼顔にのぞき込まれる欠伸かな
      (みのる)



2019年8月15日


寄せられたメール

「今日は神父様は白と水色の大変きれいな祭服を着ていらっしゃいました。説教は、聖母はすべてに「はい」と答えられたこと、その聖母に倣うこと、聖母は私たちの希望であること、私たちは聖母のように死を乗り越えて天の国に行くことを望みましょうとうれしい話をなさいました。

あ、もうひとつ。
昔の日本兵は多くが死ぬ時に「お母さん」といいながら死んだという話をなさいました。これは、死の間際に、聖母が兵士に現れて下さり、兵士たちはそれを自分の母と思ったのではなかろうか、という内容でした。

そういうこともあったかもしれませんね。聖母は全ての人の母ですから苦しみながら死ぬ兵士をなぐさめにいらっしゃったかもしれません。

私の被昇天のノヴェナの意向は、日本のカトリック教会のため、それとうちの教会と主任神父様を真の真理へと導いて下さい、という意向でした。
」(管理人)


2019年8月13日

画像の説明

ポーランドの大司教、国に広まりつつあるLGBT運動を「レインボ―病」として公けに非難

Jedraszewski 大司教は聖マリア大聖堂でのワルシャワ暴動75周年記念のミサの説教で述べた。「LGBTイデオロギーは人間の尊厳を否定するものです。」(ライフサイトニュース  ポストマン



2019年8月12日

「ご聖体訪問」を便利印刷(ページ上)にアップしました。


2019年8月11日

あなたのお母さんである私の母を愛しなさい

そして愛でもっと満たされ、私の例にもっと委ね切った心で、またここに戻っていらっしゃい。そうすれば、毎日私の心の中で新しい愛を、新しい恩恵、新しい慰めを見出すでしょう。


霊的聖体訪問

もしあなたが、病気やその他何かの都合で、教会まで行くことができない時は、家庭や、あなたが今いる場所で、御聖ひつの前にいるつもりで霊的に聖体訪問することができます。(つづく 静香)


2019年8月10日

私に何か約束したくないですか?

私はあなたの心の奥底を読んでいます。

人は簡単に騙せますが、神は騙せません。だからすっかり心を開いて私に話しなさい。あのような罪を犯す機会に身をさらさない、間違いを起こさせたあのようなことはやめる、想像力を刺激するあのような本はもう読まない、心の平和を乱すあのような人と関わりをもう持たないと、本当に固く決心しましたか。あなたに反対して何かを思わず漏らしてしまったために、あなたが今まで敵のように思っていた人に、もう一度優しく、愛想よく親切になりますか。それでは今、あなたのいつもの用事、仕事、家族、勉学に戻りなさい。

でも私と共に過ごしたこの時間を忘れないでください。静けさ、謙遜、内面的な慎み、隣人への愛をできるかぎり守りなさい。( 静香)



私に何か約束したくないですか?

私はあなたの心の奥底を読んでいます。

人は簡単に騙せますが、神は騙せません。だからすっかり心を開いて私に話しなさい。あのような罪を犯す機会に身をさらさない、間違いを起こさせたあのようなことはやめる、想像力を刺激するあのような本はもう読まない、心の平和を乱すあのような人と関わりをもう持たないと、本当に固く決心しましたか。あなたに反対して何かを思わず漏らしてしまったために、あなたが今まで敵のように思っていた人に、もう一度優しく、愛想よく親切になりますか。それでは今、あなたのいつもの用事、仕事、家族、勉学に戻りなさい。

でも私と共に過ごしたこの時間を忘れないでください。静けさ、謙遜、内面的な慎み、隣人への愛をできるかぎり守りなさい。(次回最終回 静香)



2019年8月9日

もしかして私と分かち合える喜びを持っていないのではないですか。

どうしてあなたの喜びを私と分かち合せてくれないのですか。私はあなたの友達ではないのですか。この前私を訪ねてきたとき以来、あなたの心の慰めとなったことや、あなたを微笑ませたことについて私に話してください。きっと思いがけない愉快なことを体験したでしょう。良いお知らせや、手紙、愛情のしるしになるようなものを受け取ったでしょう。きっと困難を乗り越えたでしょう。出口がないように見えた状況から脱することができたでしょう。それらはすべて私のわざです。あなたは私にただ「ありがとう、神様」とだけ言えばよいのです。(つづく 静香)



2019年8月8日

もしかして悲しく感じたり機嫌が悪かったりしていませんか?

あなたを悲しませていること、あなたを不愉快にさせたこと、あなたの自尊心を傷つけたこと、あなたに恥をかかせたことについて詳しく私に話しなさい。全部私に言いなさい。そうすれば、私の模範に倣って全部赦し全部忘れますと私に言う時がやがて来るでしょう。

ご褒美に私の慰めに満ちた祝福をあげましょう。もしかして恐がっていませんか。理由の無い、でも絶え間なくあなたの心を引き裂く何とも言いようのない苦悩をあなたの心の中で感じていませんか。神の御腕の中で感じていませんか。神の御腕の中に飛び込みなさい。私はあなたと共にいます。あなたのそばにいますよ。全部見ていますよ。全部聞いていますよ。だから一瞬たりともあなたを見捨てたりはしません。以前はあなたをとても愛していて、今はあなたのせいでもないのに、あなたを置き去りにしたり、あなたから遠ざかったりしている人々から見捨てられていると感じていませんか。その人たちのために祈りなさい。そうすれば、その人たちがあなたの聖化の邪魔にならないなら、私がその人をあなたのそばに連れ戻しますから。(つづく 静香)



2019年8月7日

あなたには現在計画がありますか?

それを私に説明しなさい。
何が気がかりなのですか?
どう思っているのですか?
何を望んでいるのですか?
あなたの兄弟、姉妹、友達、家族、目上のために、私に何ができるでしょうか?
彼らのためにあなたは何をしてあげたいのですか。
ところで私からのものに関しては、私に栄光を帰すという望みをあなたは持っていないのですか。
あなたがとても好きでも、私のことをたぶん考えずに生きているあなたの友達のために何か良いことをしてあげたいとは思わないのですか。
今日、あなたの注意を特に引き付けることは何か私に聞かせてください。
あなたが最も切望していることは何ですか。それを得るためにどんな手段を用いていますか。計画がもし失敗におわったなら、そのことを私に言いなさい。私が失敗の原因をあなたに教えてあげましょう。

私を自分の見方につけたくはないのですか。(つづく 静香)



2019年8月6日


そしてあなた自身のためには何か必要なことはありませんか?

あなたは傲慢かもしれない。利己主義で、移り気で、怠慢であるかもしれない。そのことを率直に言いなさい。それらの状態から脱するために、あなたがしている小さな、あるいは大きな努力のために、助けに来てください、と私に頼みなさい。恥ずかしいと思ってはいけません。天には、全く同じ欠点を持つ、多くの義人と聖人がいます。でも彼らは謙遜に頼んだのです。…それで自分の欠点から少しずつ解き放たれたのです。

またあなたの健康のために、仕事、事業、学業の良い結果のために祈ることをためらってはいけません。これらすべてを私はあなたに与えることができるし、与えますよ。そのためにあなたが私に祈ることを私は望んでいます。そのことがあなたの聖化に、もし害にならなければ、私はそれを容易にし、支えます。

ところで、今日あなたには何が必要ですか?あなたのために何がしてあげられるでしょうか。私がどれほど熱心にあなたを助けたいと思っているか、あなたに分かっていれば・・・(つづく 静香)



2019年8月5日

―生きてご聖ひつの内におられる主イエズス・キリストをお訪ねして―

(聖アントニオ‐マリア・クラレ神父[1809~1870]によって書かれたもので、イエズスが私たち一人一人に個人的に話しておられる、という形式をとっています)福岡司教認可

私を喜ばせるためにたくさん勉強する必要はありません。私をとても愛するだけで十分です。一番親しい友達と話すように、単純に私と話しなさい。

誰かのために私に頼みたいことが何かありますか?

その人の名前と、今その人のために私が何をすることを望んでいるかを私に言いなさい。たくさん頼みなさい。頼むことをためらったり、尻込みしたりしないでください。あなたが慰めたい可愛そうな人々、正しい道に立ち戻るのを見たいとあなたが望んでいる道に迷った人たちのことをも、同じく単純に誠実に私に話しなさい。一人一人について少なくとも一言話なさい。(つづく 静香)



完結したら便利印刷にアップします―管理人 


2019年8月2日

俺様のこと

愚かな息子は父の悩み

彼を生んだ母の悲しみ

(箴言10-1 名前なし)



 

C
ENTER:2019年7月31日


心を引きしめ、身を慎み、イエズス・キリストの現れる時与えられる恵みをひたすら待ち望め。

神を知らなかった時の欲望に従がわず、神の子として生活せよ。

(Ⅰペテロ 1・13~14 ヨハネ



 
CENTER:2019年7月28日


聖書を読む時、よく私たちの妨(さまた)げとなるのは、ただアッサリと読むすごすべき所を、しいて難しく解釈しようとしたり、いろいろせんさくしようとしたりする好奇心である。

(『キリストに倣いて』光明社 17~18ページ ヨハネ



 

2019年7月26日


だれに対しても、悪に悪をかえしてはならない。

「復讐は神であるわたしのすることである。わたしが報いる」と書き知るされている。

あなたの敵が飢えているなら、食べさせよ。

かわいているなら、飲ませよ。

悪に負けてはならない。

善をもって悪にうち勝て。

(ローマ12 ヨハネ



 

2019年7月12日



神の国に入るために、

私たちは多くの苦しみに耐えなければならない

(使徒行録 14・22  ヨハネ



 CENTER:2019年7月15日


100万円~200万円の買い物の代金を相手会社に振り込もうとしても、銀行にいろいろ訊かれる。

まるで、マネロンのマフィア扱いだ。

以前のように、国外に容易に資金を出せないようになってきたということだ。
[カレイドスコープ」より (静香)



2019年7月14日


人の力をあてにするより

心から神に感謝しよう

支配する者にすがるより、

心から神に感謝しよう

(詩編 118  ヨハネ



 

2019年7月13日


あなたがたの中に

苦しんでいる人があれば

その人は祈るように

(ヤコブ 5・13  ヨハネ



 
CENTER:2019年7月12日



神の国に入るために、

私たちは多くの苦しみに耐えなければならない

(使徒行録 14・22  ヨハネ



 

2019年7月11日



神は どのような苦難のときにも

私たちを慰めてくださる。

(コリントⅡ 1・4  ヨハネ



 

2019年7月10日



心に植え付けられる みことばを

すなおに受け入れなさい。

みことばには、

あなたがたを救う 力がある

(ヤコブⅡ・21  ヨハネ



 

2019年7月9日



私たちは神の子となることを待ち望みながら

自分自身の中でうめいている

(ローマ・13  ヨハネ



2019年7月8日



あなたがたが召されたのは、

自由のためである。

その自由を、

肉の働く機会としないで、

愛をもって互いに仕えよ。

(ガラテヤ5・13  ヨハネ



2019年7月4日


「あしあと」


ある夜、わたしは夢を見た。
わたしは、主とともに、なぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでのわたしの人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりのあしあとが残されていた。
ひとつはわたしのあしあと、もう一つは主のあしあとであった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、わたしは、砂の上のあしあとに目を留めた。
そこには一つのあしあとしかなかった。
わたしの人生でいちばんつらく、悲しい時だった。
このことがいつもわたしの心を乱していたので、わたしはその悩みについて主にお尋ねした。

「主よ。わたしがあなたに従うと決心したとき、あなたは、すべての道において、わたしとともに歩み、わたしと語り合ってくださると約束されました。
それなのに、わたしの人生のいちばんつらい時、ひとりのあしあとしかなかったのです。
いちばんあなたを必要としたときに、あなたが、なぜ、わたしを捨てられたのか、
わたしにはわかりません。」

主は、ささやかれた。
「わたしの大切な子よ。
わたしは、あなたを愛している。
あなたを決して捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に。
あしあとがひとつだったとき、わたしはあなたを背負って歩いていた。」
               マーガレット・F・パワーズ作 
 (静香)






2019年7月2日


教会の中で落ち込むことが続いてつい息子に愚痴をこぼした。未信者の若い子相手に、わかりやすく話した。
下界では(教会の外のこと)このくらいの事ではへこたれないけど、大好きな教会の中で起きると同じ事でもものすごく落ち込むのよ、と話した。
黙って聞いていた彼は「教会も下界じゃん」と言い放ち(!)「(お母さんは)もっと上を目指さなければいけない」とぴしっと言われた。
「上?ああ天国の事ね」未信者の息子がそんなことを言うなんて思わなかったので、なんてカトリック的なんだろうと面白く思った。
そうだ。このくらいでいちいちへこたれていられないと思い直した。
小さい子どもと思っていた息子が一人前になったようでうれしくもあり、ああ、老いては子に従えというのはこういうことか?なんてことを考えた。
エリィ






2019年6月29日


道東の旅に小豆の花を知る

花嫁のスナップを追う夏の蝶

地中海呑み干してのち昼寝する

母見舞また聞かされる南瓜譚
      (みのる)






2019年6月24日


教会が

倒れ再び甦る

その日夢見て

地下へひた走る

(明子)



2019年6月20日


■2019年6月2日の記事でお知らせしたミカエル・ロス神父が、おととい18日月曜日の昼前に病院で死去されました。下のURLで、神父の叙階式の様子が少し見られます。ポストマン
https://www.youtube.com/watch?v=8c1uVVIg5gM



2019年6月17日


寄せられた感想
「2019年6日月17日 みのるさん 雑談に移る客間に風薫る
大人の句という感じです。何か大正、昭和初期の文学の香りがする句です。」
(渡辺)2019年6月17日

社会科に欲しや田植えの肌触り

あじさい路さらに彩る傘の花

雑談に移る客間に風薫る
     (みのる)






感想
「雑談に移る客間に風薫る
大人の句という感じです。何か大正、昭和初期の文学の香りがする句です。」
(渡辺)2019年6月17




2019年6月13日


You raise me up のYouをイエズス・キリストにして訳してみた


https://www.youtube.com/watch?v=VTByzluCtMo


落ち込んで おお私の魂が疲弊しきったとき

試練にあって心がくじけた時

私は心を制し 祈りのうちにあなたが来られるのを待ってみる

あなたが来て 私のそばに共に座って下さるのを待つ

あなたの恵みの力は私を山の頂にだって立たせることができる

私が荒海に繰り出していこうと思えるのも あなたの恵みの力

あなたの肩で運ばれ 私は勇ましく

恵みは この私を勇者に変える 
    (静香)








2019年6月11日


豆飯の塩気になじむ手弁当

梅干の赤に快気の食すすむ

新緑はレタス私を包み込む
     (みのる)








2019年6月6日


緑陰やテネシーワルツ遠く聴く

人生を語り丸ごと胡瓜食む

若き日の香水らしき妻の襟
     (みのる)





2019年6月5日



1969年に医師らに知らされたNWO計画とは
&br(概要)

6月1日付け

以下の情報は1969年に密室でドゥネガン医師及び他の医師ら(80人~90人)が教えられたNOWの秘密計画の全容です。既にこれらの計画は実行に移されています。その後、デイ医師に招かれ一部の人たちに対する講義を行ったドゥネガン医師によって彼らの計画が暴露されましたが、そのことが知られ、罰としてドゥネガン医師は殺害されたようです。主要メディアのフェイク・ニュースや政府機関の嘘に騙されないでください。この地球を支配しているのはサイコパスの犯罪集団です。

以下はドゥネガン医師が暴露したNOW計画の一部です。

1、癌は人口抑制の手段
すでに1969年時点で全ての癌は完治できる病であるとロックフェラー研究所の資料に記載されていました。しかし人々が癌で死なないようになると人口が爆発的に増加してしまいます。

そのため癌の治療法は完全に治癒させるのではなく痛みを和らげるためにあります。癌で人々を死なせるのは人口増加を抑制する良い方法です。

ロックフェラー研究所で学んだ医師らがウイルス、バクテリア、他の病原菌による病気を完治させることができる効果的な自然療法について一切研究してこなかったのはそのためです。銀と酸素を含むAPexはウイルス、バクテリア、他の病原菌には非常に有効です。現代医学は完全に詐欺です。

6、本当のゴールと表面的なゴールの違い
法律、習慣、その他に変化が起きます。全てのモノには2つの目的があります。1つは人々に受け入れられる表面的な目的、もう1つは、新たな制度を導入するための本当の目的です。

攻撃的な変化をもたらします。例えば、麻薬依存を増やした後にその問題の解決策(刑務所に投獄)を実行します。また、偽旗銃乱射事件を発生させ、そのような事件を起こさないための解決策として、人々や子供たちを守ることを口実にして銃の押収をします。彼らの本当の目的は国民から銃を押収することです。

17、世界の宗教を統合させます。古い宗教がなくなります。

多くの人々が宗教を好みますから宗教はなくなりません。キリスト教はなくなります。ローマカトリック教会が消滅した後にキリスト教全体が消滅します。そして世界中の人々は世界中の宗教を統合した新たな宗教を受け入れることになります。しかし多くの人々は宗教は必要ないと感じるようになります。

18、聖書の内容、特にキーワードを改正します。
新たな宗教に合うように聖書のキーワードが改正されます。毎年、聖書の新版が発行されます。聖書の内容が神の言葉からかけ離れることになります。聖書は古ければ古い方がよいのです。

19、教会の関係者が人々を助けます。

教会関係者がNWOについて教えてくれるようになります。ただしそのことで教会関係者は政府から罰を与えられます。同時に教会はNWOを支えます。

([日本と世界と宇宙の動向)より一部抜粋 ポストマン



2019年6月2日


初ミサを挙げるミカエル・ロス神父

癌になった神学生の願いがかなえられ、司祭に叙階され初ミサを挙行

ミカエル・ロス神父は重度の癌であった。彼は2019年5月24日に軍の病院でマレック・Solarczyk司教(52歳)によって司祭に叙階された。彼の修道会の上長、仲間、家族に囲まれて叙階された。

ロス神学生はこの復活祭の前にガンと診断された。かなりの速さで悪化する癌を考慮し、上長たちは特例で彼に最終誓願を許し、また教皇に同じミサの中で助祭・司祭の叙階がなされるよう特免を願った。

それまで生きているかも、あるいはその体力があるかも分からない中で、ロス神父は、初ミサをあげることを強く望んでいた。彼の修道会は、彼の叙階のビデオを公開し、彼が初ミサをできるよう祈りをポーランド国民に願った。祈りがポーランド中から「大洋」となって押し寄せ、ロス神父はベッドの上で初ミサを挙げることができた。

病気も命も問題ではなく、たった一回のミサを挙げることを強く願って叙階を望んだこの若き神学生はポーランドの人々の心を打った。


両手で持つホスチアを眺める彼の眼は、確かにイエズス・キリストを見ています。自らの聖変化の言葉でキリストを現存させた神父は、どんな気持ちでホスチアを手にしていたのでしょう。(ライフサイトニュースより ポストマン


2019年5月26日


・今週、合衆国インデアナポリスで、女装した男性を笑った建築作業員が、逮捕され罰金を支払わされ、解雇される。

・カナダのトルドー政府は、「ゲイ・ツーリズム(ゲイ観光ニッチ市場)」に数億円の税金を送る。
(ライフニュースより ポストマン



2019年5月19日



中絶

アラバマ州の他、ジョージア、オハイオ、ミシシッピ、ケンタッキー、アイオワ、ノースダコタ各州が、胎児の心音が確認できてからの中絶を禁止しており、ミズーリ州でも、妊娠8週以降の中絶を禁止する法案が可決されたばかり。【翻訳編集】 AFPBB News

これは、胎児の心音が確認できなければ堕胎が許される、妊娠8週間以前なら堕胎ができるということで不十分な法律です。しかし、法律で堕胎を許すことよりはるかにましです。(ポストマン


2019年5月18日



百回読みましょう。

「一番大切な祈りは黙想である。道で出会った時から、私は皆に祈りの目的を知らせ、心に聖なる望みを起こさせてきた…皆、聞きなさい、祈りは地上をこえて永遠なる御者に心をあげ、自分の哀れさを思い、神の完全さを考え、愛にあふれる意志の力を振り起すことである。償いの行為、愛の行為もそれに伴う。罪や罰についての黙想であっても、たびたび言ったように、善も悪も、意志の力で役立てるようになる。

後悔と償いを伴っていない罪は、取り返しのつかない事態になることがある。聖徳の土台をつくるには、痛悔の念をもって、土台を固めることである。それはしっくいのようなもので、それがなければ、聖徳の土台、あるいは建物の石は固めることができない」マリア・ワルトルタ『復活』130ページ フェデリコ・バルバロ訳 静香)



2019年5月17日



乙女峠まつりを訪れて

5月3日、天が祝福してくださっているかのように、津和野の町は晴天で穏やかでした。

聞こえてくるロザリオの祈り、聖歌あめのきさきに心躍りながら、カトリック津和野教会へ向かいました。

祈りや聖歌が聞こえてく

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る町、その中を聖母行列する人々。

聖母のご像の後ろを、司教団の方々をはじめ大勢の司祭が続き、乙女峠への道をロザリオを祈りながら歩くという素晴らしい光景に立ち会うことができ、感動しました。

沿道には信徒だけでなく、地元住民らしき人々も、聖母にきれいな花びらをまいてお迎えしていました。

聖母がお喜びのように思えました。

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乙女峠では、野外ミサが行われました。

列聖調査開始宣言ミサだったということもあるのか、ヴァチカン大使代理参事官、8名の司教様方、約40名の司祭と1500名の信徒が参加されたそうです。前田枢機卿様主司式のもと、大勢集まって御ミサをお捧げし、祈ることの力を感じました。

また、説教より、日本の信教の自由が殉教者の方々の苦難の上に成り立っていることに、改めて感謝しなければならないと思いました。

津和野でのキリシタンの様子を知るのに、池田敏雄神父様の著書「津和野への旅」を参考にし、特に信仰を護っていた方々が、いつも人々のアニマ(霊魂)の救いを願い、祈っていたことに思いを巡らしました。

棄教した人の救霊のみならず、迫害者の救霊をも願っておられました。

そして、お互いを励まし、霊的にも物質的にも支え合っていたのでした。

改めて、津和野の殉教者の方々に強い信仰をお与えくださった主に、感謝と賛美をお捧げしたいと思います。

また、津和野のキリシタンの行いに倣って、時代や状況に関係なく、信仰を護り、人々の救霊のために祈り続けることができますように、津和野を含む日本の殉教者の方々に、お取次ぎを一層お願いしようと思います。

最後に、この文章を読んでくださった方々が、乙女峠へ向かう道中のように、聖母に祈り、賛美し、聖母から離れることなく共に歩んでいくことができますように、心より願っています。(D)


津和野の殉教者に聖母の御出現―「信仰者の時空」より
その中でも初期に殉教した、安太郎という人物がいました。
彼が掛けられた拷問は「三尺牢」(三尺は約100cm)という
とても狭い木の檻に裸で押し込め、雪の降る屋外に放置するというものでした。
立派な人物として尊敬されていた安太郎が転宗すれば、
他のキリシタンも気落ちして後に続くだろうという作戦でしたが、
彼が役人たちの説得に彼は応じることはついにありませんでした。

安太郎が投獄されてから7日経ちました。
彼の身を案じたキリシタン3人は牢から脱出し、三尺牢を密かに訪ねるのですが、
そこで彼らは安太郎から驚きの言葉を聴きます。

「私はこの三尺牢屋の内にて淋しゅうはござりません。
九つ(午後12時)より先になりますれば頭の上に青い着物に青いきれをかぶり
サンタマリア様の御影の顔立ちに似ております御婦人がお現れ下さる。
その人がものがたりをいたして下さる故、少しも淋しゅうはござりません。
けれ共、このことは私の生きておるまでは人に話しては下さるな。」(管理人)


2019年5月16日


けけと泣きけろろと笑う田の蛙

君子蘭距離おいてなお去り難し

鯥五郎だった日もある青春史
     (みのる)








2019年5月13日


わかさぎを少年の目で語り合う

ひと声の愛を叫んで暮れの雉

薄氷を選んで歩む子らの道
     (みのる)








2019年5月12日


椿落ちて耳に届かぬ別れかな

葉桜が電車見送る無人駅       
(みのる)





2019年5月11日



「聖体」の婦人たちと聖体拝領2
アタナシウス・シュナイダー司教『ドミヌス・エスト』加藤 肇訳より

"Christus vincit, Christus regnat, Christus imperat"
キリストは勝ち、キリストは支配し、
キリストは君臨される
ソビエトの地下教会での
「聖体」の婦人たちと聖体拝領

私の母マリア・シュナイダーは第二次世界大戦後スターリン主義体制は強制労働に従事させるために多くのドイツ人を黒海からそしてボルガ川からウラル山脈に追放したと私に良く語っていた。彼らの全ては都市のゲットー内の貧弱なバラックの中に拘留された。数千人のドイツ人のカトリック教徒がいた。数人のカトリックの司祭が秘跡を執行するために最も秘密裏の方法で、自分の生命を危険にさらして彼らのもとに行こうとした。最も頻繁に来た司祭の中にウクライナのギリシャ・カトリックの二重典礼で1963年10月30日に Karaganda 近くで殉教した Alexij Saritski 神父がいた。(2001年にヨハネ・パウロ二世により列福された)。信徒は愛情を込めて彼を「神の放浪者」と呼んだ。1958年1月に Alexij 神父は追放地であるカザフスタンの Karaganda 市から、ウラル山脈の Perm 近くの Krasnokamsk 市に突然、秘密裏に到着した。

Alexij 神父は、文字通り昼も夜も睡眠も食事もとらずに、信徒の告解を聞けるようにしながら、膨大な数の信徒が聖体を拝領するための準備ができるように働いた。信徒は「神父様、あなたは食事をとり、睡眠をとらなくてはなりません。」と彼に謝った。しかし神父は「それはできない。なぜならば、警察はいつでも私を逮捕することができ、その時には多くの人が告解なしで残され、従がって聖体拝領なしで残されるであろう。」と答えた。全員が告解に来た後で、Alexij 神父は聖なるミサを行ない始めた。突然、「警察が来る!」という声が鳴り響いた。ミサに参列していたマリア・シュナイダーは「神父様、私はあなたを隠すことができます。逃げましょう。」と司祭に言った。夫人は司祭をドイツのゲットーの外にある家の中に連れて行き、司祭を部屋に隠し、食べるものを運びならが言った。「神父様、今あなたはようやく食べて少し休むことができます。暗くなったら近くの市に逃げましょう」。Alexij 神父は悲しそうであった。なぜなら、全員告解を行なったけれども、始めたばかりの聖なるミサが警察の手入れにより中断されてしまったために聖体を拝領することができなかったためである。マリア・シュナイダーは言った。「神父様、信徒全員は大きな信仰と信心を持って精神的な聖体拝領を行うでしょう。そして私達はあなたが私達に聖体拝領を授けるために戻って来ることができるよう願っています」。

晩の訪れとともに、脱出のための準備が行われた。マリア・シュナイダーは二人の小さな子ども(二歳の男の子と六カ月の女の子)を母親の元に残して、プルケリア・コッホ(夫の叔母)を訪れた。二人の夫人はAlexij 神父を連れ、雪と零下三十度の寒さの中を、森を通り十二キロメートルの距離を案内した。婦人たちは小さな鉄道駅に到着し、Alexij 神父神のために乗車券を買い、待合室で神父とともに座った。列車は一時間到着する予定はなかった。突然、ドアが開いた。警察官が入ってきて、Alexij 神父に直接話しかけた。「どちらに向かっていますか」司祭は恐れから―自分自身の生命のためではなく、若い母親であるマリア・シュナイダーの生命と運命のための―答えることができなかった。若い婦人自身が警察官に答えた。「これは私達の友人です。そして私たちは彼に付き添っています。見てください、ここに彼の乗車券があります」。そして彼女は乗車券を警察官に手渡した。警察官は乗車券を見ながら、司祭に話しかけた。「最後尾の車両には乗車しないでください。次の駅で列車の残りから切り離されてしまいますから。Bon Voyage!」 警察官は待合室から出て行った。Alexij 神父はマリア・シュナイダーを見て言った。「神は私達に天使を送ってくださった! 私はあなたが私のためにしてくれたことを決して忘れないでしょう。神が許してくださるならば、私はあなた方全てに聖体拝領を与えるために戻って来るでしょう。そして、全てのミサで私はあなたとあなたの子どもたちのために祈るでしょう。

一年後、Alexij 神父は Krasnokamsk に戻ることができた。この時には、神父は聖なるミサを行ない、信徒に聖体を授けることができた。マリア・シュナイダーは神父に頼んだ。「神父様、私の母親が重病で死の前に聖体を拝領することを望んでいますので、聖体を私に残していただけないでしょうか?」Alexij 神父は、聖体拝領が可能な限り最大の敬意を持ってその婦人に執行されるという条件で、聖体を残した。マリア・シュナイダーはこの方法でふるまうことを約束した。家族とともにキリギスタンに移住する前に、マリアは病気の母親に聖体拝領を執行した。これを行なうために、マリアは新しい白い手袋を身につけ、ピンセットで聖体を母親に与えた。その後、聖体を保存していた封筒を燃やした。
(ポストマン



2019年4月22日


■以下の「備えるべきもの」は、アメリカの国民向けですが、天が警告する準備とおおむね一致しています。


金融崩壊の主な原因となった産業のノンバンクの貸付が急増しており、信用状態が悪化すれば危機をもたらします。

2008年の不況以降、ノンバンクの貸付が世界中で拡大しており、その額は52兆ドルにまで膨らんでいます。

そして今度、経済崩壊や株式市場の崩壊が起きた時にはこのほとんどが回収不能となります。これほど巨大な債務バブルを抱えた状態は過去に一度もありません。

さらに世界中の国々の政府債務残高が史上最高記録を更新しました。企業債務が制御不能。消費者債務が急増中です。

経済や金融について全く分っていない政治家らは全てがうまくいっていると楽観視していますが、全くそうではありません。

実際は、人類史上最悪の金融崩壊のステージが設定されたのです。今のところ、誰も現行の金融システムを根本的に変える計画を提示していません。追い詰められています。

今できることは、ここまで膨らんだバブルを経済が崩壊するまで可能な限り長く膨らまし続けることです。

この7年半で学んだことは、米政府が重要な役割を果たしているということです。しかし市民一人ひとりが責任をもって(経済が崩壊する前に)以下の備えをする必要があります。そして、経済が崩壊した後に地元当局が避難勧告を出したなら、速やかに避難すべきです。市民一人ひとりが備えをする責任があります。


備えるべきもの:

#1 臨時資金を確保。


#2 お金は複数の銀行に預ける。


#4 崩壊前に借金を返済してしまう。


#5 今のうちに金や銀に投資する


#6 経費を削減。


#8 可能なら大都市から地方へ転居する。


#9 食料の備蓄。


#10 野菜を栽培するなど自給自足ができるようにする。


#11 飲み水の確保。水がなければ生きていけない。


#12 大停電が起きた時の備えをしておく。自動予備発電機など。


#13 毛布と暖かい衣類を手元に置いておく。


#14 衛生用品の備蓄。


#15 薬と医療用品の備蓄。


#16 ビタミン類(サプリメント)を備蓄。


#17 備蓄しておくべき全ての品物をリストアップ。


#18 乳児やペット用品の備蓄。


#19 ストレス解消のために娯楽用のトランプ、他を用意しておく。


#20 暴動、強奪、混乱が起きた場合の護身方法。


#21 弾薬を確保。


#22 避難勧告が出たら直ちに自宅から避難する。


#23 コミュニティ(近所の人、友人など)で助け合う。


#24 バックアップ・プランを立てておく。


#25 自分自身の備えに関しては誰にも言わない。

(「日本や世界や宇宙の動向」より   ポストマン



2019年4月16日


子どもが学校を卒業して家を出ました。卒業式でもらった花が引っ越しの時にはまだしっかりと咲いていたのに、引っ越し先から私が帰った時にはしおれていました。ああ君もあの子を見送ってくれたんだねと思いました。
聖堂でイエズス様に「子どもを奉献します」とお話ししてきました。十字軍の祈りの中にとても良い祈りがあり(111番と153番)私はたびたびその祈りを唱えています。奉献された子どもをどのようにお使いになるのかはイエズス様がお決めになることなので、あとは全てを委ねます。また、新しい生活を始めるすべての若い人たちにも神の恵みがありますように。 (エリィ





2019年4月15日




「聖体」の婦人たちと聖体拝領1
アタナシウス・シュナイダー司教『ドミヌス・エスト』加藤 肇訳より

"Christus vincit, Christus regnat, Christus imperat"
キリストは勝ち、キリストは支配し、
キリストは君臨される
ソビエトの地下教会での
「聖体」の婦人たちと聖体拝領

約七十年続いたソビエト共産主義体制(1917- 1990)には一種の地上の楽園を確立する野望があった。しかしこの王国は、偽りの上に、人間の尊厳の冒涜の上に、神と神の教会の否定と憎悪の上に作られたため、存続する事が出来なかった。それは神と精神的な価値にはどこにも場所があることができず、あるべきでない王国であった。人間に神、キリスト、そして教会のことを思いださせることができる全ての印は公共生活から、そして人間の視界から取り去られた。しかし、人間に神のことを思い出させることができる実在、すなわち司祭は存在し続けた。司祭が神を思い出させる人であったため、司祭は見えるべきではなく、実際、司祭は存在すべきではなかった。

キリストとキリストの教会の迫害者は、司祭のみが神を人間に与えることができ、キリストを最も具体的で直接的な方法で、すなわち聖体と聖体拝領を通して与えることができることを暗黙のうちに知っていたため、司祭を最も危険な者と考えた。従がって、聖なるミサを行うことは禁止された。しかしいかなる人間の力も、教会の神秘の内で、中でも秘跡の内で働いている神の力を克服することはできなかった。

あの暗黒の時代の間、広大なソビエト帝国の中で、教会は地下で生きることを強いられた。しかし、最も重要な事はこの事であった。見ることのできる構造を欠いていたとしても、聖なる建物を欠いていたとしても、途方もなく司祭が不足していたとしても、教会は生きており、実に生きていた。たとえ聖体がまれにしか信徒に与えられなかったとしても、完全に聖体を欠いていなかったために、教会は実に生きていた。なぜなら教会が聖体の神秘の中に堅い信仰のある心を欠いていなかったから。なぜなら教会が特別な愛と注意、可能な最も大きな敬意をもって、cum amore ac timore (愛と敬意をもって)の格言で表現されている初めの世紀のキリスト教徒の精神で、聖体を守り施行さえもした「司祭の」心を持った婦人達―しばしば母親と祖母―を欠いてはいなかったから。

ソビエト地下教会の「聖体」の婦人達の数多くの例をここで提示しよう。マリア・シュナイダー(著者の母);ブルケリア・コッホ(著者の祖母の姉妹);マリア・シュタング(Karaganda司教区の教区民)である。(つづく) (ポストマン



2019年4月14日


ひこばえにあらんかぎりの花一輪

腹這いで会いたかったよ蓮華草

(みのる)





2019年4月8日


2年前の4月の祈りとして、大警告ホームページに記載されていたもので、当時プリントしたものを見つけました。


4月に、以下の聖母の要請に答えましょう。

「わが十字軍の祈り、第38番は、神の聖なる司祭たちが、偽りの預言者とその従者たちによって計画されている邪悪なる偽りの中に落ちてしまわないことを確かなものとするために、次の月に毎日唱えられなければなりません」(2012年3月20日の聖母のメッセージ)


今特に、この十字軍の祈り第38番を祈る必要性を感じています。

どうか私たちに聖なる司祭をお与えくださいますように。(あお)

☆☆☆


二十六聖人の一人、ルドビコ茨木少年をうたった永井隆博士の詩


ルドビコさまは  十二歳

耳をそがれて  しばられて

歩む十キロ  雪のみち

小さい足あと  血がにじむ


ルドビコさまが  にっこりと

笑ってやりを  受けたとき

西坂丘の  夕映に

ぽろりと散った  梅の花

(涙。静香)



2019年4月6日


イザヤのキリストに関する預言

「私たちの言うことをだれが信じよう、
主の腕は、だれに現されたか。
彼は、そのみ前でひこばえのように、
荒地から出た根のように成長した。
彼には、私たちの目をひくほどの
美しさも輝きもなく、
楽しめるほどの姿形(すがたかたち)もない。
彼は、人から軽蔑され、捨てられた、
苦しみの人、苦しみになれた人。
その前では顔を覆いたくなる、そんな人のように、
見下され、無視された人。
実に、彼は私たちの労苦を背負い、
私たちの苦しみを担った。
私たちは、彼を神に罰せられた者、打ちのめされた、
さげすまされた者と考えた。
彼は、私たちの罪のためにつきさされ、
悪のために押しつぶされ、
私たちを救う罰が彼の上に襲いかかり、
その傷のおかげで、私たちはいやされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、
おのおの、自分の道を歩んでいたが、
主はみなの罪を、
彼の上に負わせられた。
非道に扱われた彼は身を低くし、
口を開かず、
屠所(としょ)にひかれる子羊のように、
毛を刈る人の前でもだす羊のように、
口を開かなかった。
拷問と裁きによって、彼は奪い去られた。
だれがその行く末のために悲しむだろう。
そうだ、彼は生きる人の地から取り去られ、
民の罪ゆえに打ち殺され、
悪者たちとともに葬られ、
金持ちとともに墓に入れられた。
彼は暴力をふるわず、
その口には偽りがなかったのに。

だが、主は、彼を苦しみで押しつぶそうと望まれた。
彼は、あがないとしてわが身をささげることによって、
末長く子孫を見るだろう。
神のみ旨はこうして実現し、
その心の試練ののち彼は
光を見、それに満たされる。
正しいしもべは、その苦しみによって多くの人を義とし、
その罪をみずから背負う。
だから、私はその報いとして、おびただしい人を彼に与え、
力ある者を戦利品とさせよう。
それは、彼が自分を死にわたし、
悪人の数に入れられたからである。
彼は、多くの人の罪を背負って、罪人のためにとりつぎをした。」

(「イザヤの預言」第53章 フェデリコ・バルバロ神父訳 静香)



2019年4月3日


主のお言葉

「なぜなら、霊魂を、その殻から解放し、そして神の花壇で実らせるのは肉体の死であるからです」(マリア・ワルトルタ「マグダラのマリア」静香)





2019年4月1日



「永遠の神と、はかない人生」

わたしたちの生涯はあなたの怒りで衰え

命の日々はため息のように終わる。

七十年、八十年生きるとしても

その年月は空しく労苦に満ち、

すみやかに過ぎ去り、

わたしたちも消え失せる。(詩篇90 静香)



2019年3月28日


岩井 誠(仙台教区一本杉教会)

仙台市青葉区の広瀬川のたもとに「仙台キリシタン殉教碑」がある。この殉教碑は、岩手県奥州市水沢で捕えられたポルトガル人の宣教師カルヴァリヨ神父と信徒ら9名が、極寒の広瀬川で殉教したことを顕彰するために建立されたもの


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改修された殉教碑(写真)

中央にカルヴァリョ神父、両脇に武士と農民、3体の像、製作は、故深沢守三神父。

この殉教碑建設を発案し事業推進を担ったのは当時の「仙台地区壮年連盟」で、今から約45年前(1971年9月)完成した。長年風雨にさらされたこともあり、台座に亀裂が入るなど傷みが見られた。そこで、「仙台壮年の会」が中心となり、仙台教区の方々に呼び掛けて改修工事を行い、「仙台に来る多くの外国人たちにも、ここを訪ねてもらえたら」との願いから、元の碑の両側に英語、スペイン語、韓国語で刻んだ石碑二つを新設した。

毎年、2月最後の日曜日にこの殉教碑のもとで、「仙台キリシタン殉教祭」が行われる。

「仙台キリシタン殉教録」によると彼らの殉教の様子は次のようであった。

仙台藩主、伊達政宗の時代、 徳川幕府のキリシタン弾圧によって、仙台藩に囚われの身となっていた ディエゴ・カルヴァリョ神父ら9人は、元和(げんな)9年(陰暦)も押し迫った 大晦日(陽歴:1624年2月18日)午後2時頃、広瀬川河畔に連れて来られた。

そこは川岸から4尺(1.3m)ほど離れた所に、2(60cm)ほどの深さに水を張った水牢が用意され、皆は着物をはぎ取られ、水牢の中に打ち込まれた一本一本の杭に縛り付けられた


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仙台キリシタン殉教祭(写真]

神父は不動の姿勢のまま、祈りの言葉を唱え、皆に絶えず勇気を与えていた。

見物にやってきた異教徒たちは、口々にキリストを捨てろと彼らに叫びかけていた。

この責め苦が3時間以上続き、彼らは池から引き出されたが、苦しみと寒さのため、感覚を失って川岸に倒れた。神父だけは河原にひざまずき、頭を垂れて祈り始めた。

彼らの中の2人は、池から出るやいなや息絶えたが、その人は天を仰ぎ、あたかも“ご公現”を見るかのように「あの方は、どなたですか」と叫ぶとともに、霊は天に帰った。

奉行は、棄教するなら、皆を助けてやろうと神父を説得にかかったが、断固として承知しなかった。

生き残った7人は牢獄に連れ戻され、正月の3日間を過ごしたが、元和10年正月4日、(1624年2月22日)彼らは再び水牢に連れて行かれ、一人ひとり杭に縛り付けられた。

初めは膝まで水につかって立っていたが、無理に座らせられて胸まで水に浸った。群衆は、拷問の責任は 神父にあると、悪口や罵倒を浴びせた


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広瀬川に向かって黙祷。背景に仙台大橋が見える(写真)

日暮となり、水が凍り始めた。夜に入り、寒さは厳しさを増し、風は益々烈しく、雪は降り続いていた。最後の時が来たことは誰の目にも明らかであった。

神父の「束の間ですぞ。もう少しで苦しみは無くなりますぞ。」と 愛をもって繰り返し激励する声を 耳にしながら、一人、二人、三人と、次々に息を引き取った。

最後まで残ったマチヤス太郎右衛門は、「神父様、さようなら。私は最後の予感がします。」と言った。「行け、わが子よ。天主の平安のうちに。」という 神父の答えを聞くや、安らかに目を閉じた。それは夜の五つの時(午後8時)であった。

10時間に及ぶ拷問を受けながら、心の中は絶えず愛熱の炎に燃えていた神父の信仰の強さに、異教徒たちさえも驚嘆し、賞賛を禁じ得なかった。(「AMOR 陽だまりの丘)より 太字は引用者 静香)
 


2019年3月27日


教皇フランシスコが婚姻前の同棲を容認する発言をした証拠のビデオ。この中で教皇フランシスコは、2016年6月16日に、自分はこれらの同棲者たちに大いなる忠誠を見てきた、私はこれは真の婚姻であり、まさにその忠実さのゆえに婚姻の恵みを受けていると確信しています、という内容のことを語り、また、2017年2月5日に、結婚するよりも同棲を選んだ若いカップルをヴァチカンで歓迎する模様の写真も紹介されています。(ポストマン

2019年3月25日


お告げの祭日―祝されし乙女マリアの大いなる約束

三月二十五日から四月一日までの期間、毎日、’めでたし’四十五回を、主が聖母の胎内に留まっておられたことを思い起すために唱える。

イエズス、御父の栄光の輝き、御父の本体の象(かたど)りよ

全ての者が主を知るよう、この祈りをそれぞれの、’めでたし’のあとに唱える。

聖母は、四十五回の’めでたし’を唱えるものに、さらに五つの特別な恵みを願うよう望まれた。

一、苦しむ人々に憐れみの情を抱くこと
二、恵みのない人々のために恵みを請うこと
三、善き生活を始めた人々のために恵みを願うこと
四、罪人たちのために祈ること
五、選ばれし人々の完徳のために祈ること


聖母は聖ゲルトルードに、この’めでたし’を信心深く唱えるものは誰でも…その者が、聖母が身籠った瞬間から彼女の神聖なる息子イエズスの誕生まで、最大の注意をもって彼女に付き添ったのと同じ奉仕をしたことになると言われた。あのような状況下にあって何一つ拒まれなかったように、聖母はその者が願うことの全てを喜んで与えてくださる。(『白い祈祷書』より ポストマン


2019年3月17日


手袋を添えて思春の小さき恋

十七の背伸びにからむ猫柳

校庭のベンチをこがす猫の恋


(みのる)






2019年3月9日


神の御旨を果たした度合いに応じて幸せになります

夕方、ロザリオの祈りを唱えながら庭を歩いていて、墓地に来たとき、扉を少し開けて、しばらく祈り始めました。そして、(墓に眠っている)彼女たちに内的に尋ねました。「あなたたちはとても幸せでしょうね。」すると、この言葉を聞きました。「わたしたちは、神の御旨を果たした度合いに応じて、幸せです。」―それから、以前とおりの静けさ。わたしは内観的になり、どのように神の御旨を果たしているか、また、神がわたしに与えてくださった時間をどのように活用しているかについて、長い間思い巡らしました。


(「わたしの霊魂における神のいつくしみ・聖ファウスティナの日記より515番」静香)






2019年3月6日


胸元の乳呑み子眩し日向ぼこ

風の子に霜焼けありし昭和の日


(みのる)





2019年3月3日


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特攻隊

平成に泣く

「知覧特攻平和会館内に設置されているガラスケースの上から読むことができる200名以上の遺書に目を通した限りでは、下は17歳、上は32~33歳の若者達で、中心は19歳から23歳です。

その遺書の一通一通は、これが本当に少年がしたためた遺書なのだろうかと、にわかには信じがたいほど教養豊かで達筆です。

その遺書の一文字一文字を目で追いかけていくにつれ、私は、生まれて何度目かの嗚咽をこらえる苦しさを味わい、生まれて初めて「慟哭」という言葉の意味を理解したのです。ガラスケースの中には軍刀や特攻服のほか、少女たちの手作りによる小さな「マスコット人形」が数点展示されていました。

若い特攻隊員たちは、少女たちと一言も会話せず、布製の小さなマスコット人形を飛行服に忍ばせて出撃していったのです」(「カレイドスコープ」Thu.2019.02.28 )



実話―神の意匠

「宮川さんが知覧に来られたのは20年5月の終わりごろと思います。雪国の人らしく色白でハンサムな方でした。前に、万世飛行場から一度、出撃したのですが、機体の故障で引き返して、一人だけ残ったのを大変気にしておられましてね。ようやく代わりの飛行機がもらえ、出撃する前夜の6月5日一緒に隊を組む仲よしの滝本恵之助曹長と二人で私の食堂に来られました。宮川さんは[あした出撃だ]とごきげんでした。帰りがけに「おばさん、あしたも帰ってくるよ。ホタルになって滝本と二匹でね。追っ払ったらだめだよ」と冗談のようにいわれました。食堂にくるとき、どこかでホタルでも見かけたのだろうと、そのときは気にもとめていませんでした。

翌6日はどんより曇った日でした。この日は総攻撃の日で、朝から特攻機がどんどん飛び立ちました。夜になって、出撃したはずの滝本さんが一人でひょっこり食堂にやってきました。「宮川は開聞岳の向こうに飛んで行ったよ」といってぽろぽろ涙をこぼしました。視界が悪いため、宮川機に何度も引き返そうと翼で合図を送ったが、「お前だけ帰れ」といってそのまま飛んで行かれたそうです。

夜の九時ごろでした。食堂には娘二人と滝本さんの三人。奥の広間には私と遺書を書いている隊員が七、八人おりました。すると食堂の方で、娘が「あっ宮川さんよ。ホタルになって帰ってきた」と叫びました。一匹のホタルが開けていた食堂の玄関から、すーっと入ってきたそうです。もう大騒ぎ。滝本さんはびっくりされた様子でした。私は「みなさん。宮川さんが帰っていらっしゃいましたよ」といい、全員で「同期の桜」を歌いました。ホタルは長い間、天井のはりに止まっていましたが、すっといなくなりました。(以下略)

(「空のかなたに」葦書房より引用)ポストマン





2019年3月2日


■動画

高速道路にアヒルの雛の一群が迷い込み、行き交う車にひかれそうにそうになりながら逃げまどいます。一人の男性が車から降りて救助に向かいます。アヒルの雛たちは逃げまくってなかなか安全地帯に追いやることができません。別の車が一台停まり、男性が加勢します。アヒルを一匹づつ捕まえて、高速道路わきの茂みに放ちます。ところが一匹だけがまた道路に向かい、今や、車を停車させることで協力する何台もの停まった車の下に一匹が入り込んでしまいます。遥か後方ではトラックがクラクションを鳴らします・・・・危険な場所にいる人間を救うために働く聖母のようです。知らずに人間は逃げまどいます。(ポストマン


https://www.theepochtimes.com/drivers-drop-everything-to-help-ducks-on-busy-highway_2820444.html




2019年3月1日


アベマリア寒夜をわたる介護棟

陽だまりに猫と子供とお婆さま
(初めてです。 みのる)


2019年2月28日


ブランドミュラー枢機卿

■ドイツの、ウォルター・ブランドミュラー枢機卿、「性的虐待サミット」での同性愛についての沈黙を公然と非難


ROME, February 27, 2019 (LifeSiteNews)
「ヴァチカンの『性的虐待サミット』の主催者側は、教会内での『同性愛アジェンダ』を促進させるために、また『共犯の風潮と沈黙の共謀』のうちに栄える同性愛ネットワークを保護するために、故意に同性愛の問題を忌避した」と枢機卿は語った。

ナショナル・カトリック・レジスターのエドワード・ペンティンジェの新たなインタビューで、ドイツの、ウォルター・ブランドミュラー枢機卿は語った―「同性愛の問題を議論することは、彼らにとって危険なものになったでしょう、なぜなら、ヴァチカン内に同性愛ネットワークが存在することは明らかだからです」
(LifeSiteNewsより ポストマン


2019年2月26日



アマゾンが背後でマイクロチップの埋め込みのためにうごいています

概要)

・・・・ハリウッドのインサイダー(TV、映画プロデューサー)のデイビッド・ハブナー氏曰く:

今、恐ろしい計画が進行中です。ワンワールド政府(世界統一政府)の確立のためのシステムが徐々に構築されようとしています。

アマゾン大手製薬会社の所有権を取得しました。なぜこのことが重大かというと、人間の体内に埋め込まれることになる(聖書に記された)獣の刻印(マイクロチップ)は製薬会社と関係があるからです。マイクロチップは体内に埋め込まれるため工業製品ではなく医療機器なのです。

さらにアマゾンはEERDと呼ばれるIT企業(MESHのメーカー)の所有権も取得しました。

※MESHとは:https://first-flight.sony.com/pj/mesh

MESHは家電だけでなく体内に埋め込まれたマイクロチップとも繋がります。家の中でマイクロチップのアップデートをします。

我々キリスト教徒は聖書の獣の刻印を話題にします。獣の刻印
=マイクロチップが埋め込まれないように我々は声を大にしてマイクロチップの危険性を訴えるべきです。

今後1年から1年半以内に彼らは我々にマイクロチップを埋め込み始めると思います。

他国では既に始まっています。

一部の連邦議員がマイクロチップの導入に反対しています。マイクロチップが実際に市場に出る前に我々も反対しなければなりません。

一方、ウィスコンシン州の会社は既に従業員に(任意で)マイクロチップを体内に埋め込んでいます。

また、スウェーデンでは何千人もの人々がマイクロチップを埋め込みました。

アメリカではペットの犬にマイクロチップが埋め込まれています。

さらに、我々のいる州(カリフォルニア?)でも多くの人々がマイクロチップを埋め込むことを希望しています。

聖書では、いつかは人間は強制的にマイクロチップを埋め込まれることになると記されています。

彼らは子供たちにマイクロチップを埋め込みたくて仕方ないのです。なぜかというと、常に子供たちの居場所を追跡できるからです。

先日、ある若い女性と食事をしている間、終末論の獣について語りました。彼女はタトゥーが大好きですが、将来的にどのようなタトゥーが流行るのかを私に尋ねてきました。

その答えは、将来的には若者はタトゥー・ディバイスを使って簡単に誰でもタトゥーができるようになります。皮膚の上に絵を張り付けるように、簡単にタトゥーができるようになりますが、外見的にはタトゥーですが実際はマイクロチップなのです。

敵の悪魔は若者の文化にタトゥー装置と呼ばれるマイクロチップ装置を導入させます。

アマゾンの役割は、悪魔のシステムを構築、実行するためのハイウェイであり、スーパーマーケットなのです。

システムが構築されなければ獣の刻印(マイクロチップ)の埋め込みは不可能です。

アマゾンは、大手製薬会社(マイクロチップの供給会社)、自然食品の会社(サプリ、食品)、MESHメーカーの所有権を取得しました。これらは獣の刻印を埋め込むためのシステムを構築するために不可欠な業界です。

彼らはアマゾンが作り上げているシステムを使って世界統一政府、世界統一宗教を確立させようとしています。

様々な最新テクノロジーが導入されていますが、アマゾンはその裏で動いています。

インターネットでもグーグルやユーチューブなどのテックジャイアンツを介した検閲や監視が強化されています。

保守派の政治活動家らはウーバーのアプリが使えないようになってしまいました。

我々は彼らの敵第一号となりました。

以下省略

([日本や世界や宇宙の動向」より 太字引用者 ドットコム



(以下に、獣の印に関するメッセージを載せます―管理人)

マリア・ディバインマースィーのメッセージ

2012年6月1日

ひとたび埋め込まれたなら、それは毒となる、心と霊魂にとってだけではなく、あなたたちの体にもだ。それは世界中の人間の多くを消し去るための疫病をもたらすからだ。
あなたたちは「印」を受け入れてはならない。私は何をすべきかをあなたたちに教える。
無力を感じるゆえ、多くの者たちが「印」を受け入れるだろう。
生ける神の印」-わが十字軍の祈り第33番は、あなたたちの命綱である。永遠の父によってあなたたちに与えられたわが「保護の印」を受けたなら、あなたたちは(獣の)「印」を受け入れないですむ。

2012年6月1日

だが、次には、獣の印を受けることを拒む多くの者たちを、彼らは処分するのだ。彼らはそれは真の世界平和、愛、一致の印だというだろう。しかし、その恥ずべき核心に隠されたものは666の文字、獣の印である。
まさしく聖なるメダイが神から来る力による天的保護をもたらすように、獣の印は、それと共に死を―霊魂の死と恐ろしい病による死をもたらすのだ。獣の印を拒む者たちは隠れて備えをしなければならない。これが恐怖を催させることだとはわかっているが、それは真実なのだ。私は、あなたたちの祈りの助けをもって、迫害を終わらせるべく介入するだろう。


2019年2月25日


「祈りにおいて、また祈りによって、人間はこれ以上ないほど単純に、しかも奥深く本当の自分を見いだすということは意味深いことです。」(教皇聖ヨハネ・パウロⅡ世『家庭への手紙』より 静香)


2019年2月24日


+新年35年
わたしの秘かな望みまで叶えてくださる主

イエスは私たちの生活の中の最も些細なことにも関わるのを好まれます。そして、イエスには何も隠せないことを知っているにもかかわらず、時々イエスに隠しているわたしの秘かな望みまで、イエスが叶えてくださることがあります。

元旦に、その年の各自の特別な保護の聖人をくじで引くという慣わしが、私たちの間にあります。朝、黙想中に、昨年と同じように今年も、御聖体のイエスがわたしの特別な保護の聖人であってほしい、という秘かな望みがわたしのうちに生じました。しかし、愛するお方にこの望みを隠して、主にそれ以外のすべてについて話しました。

朝食のために食堂に来たとき、わたしたちは十字架の印をして、自分たちの保護の聖人のくじ引きを始めました。聖人たちの名前が書かれている御絵に近づくと、躊躇せずに一枚を取りました。しかし、数分間犠牲を献げたかったので、すぐにその名前を読みませんでした。突然、霊魂の中で声を聞きました。「私があなたの保護の聖人である。読みなさい。」すぐに文字を読みました。「35年の保護の聖人ー至聖なる御聖体。」私の心は喜びで踊りました。静かにシスターたちのところを抜けだし、御聖体の御前へ短い訪問に行き、わたしの心を注ぎ出しました。しかしイエスは、その瞬間にシスターたちと一緒にいるべきだと優しくわたしを戒められました。会則への従順のうちにすぐに行きました。


注釈:本会の一つの習慣で、ご絵の裏または小さい紙に、神の御名や聖人の名前が書かれている。そして新年の朝食中に、各シスターは一枚の絵(ご絵)を引く。こうして始まる新しい年のために保護の聖人をもらう。
(「わたしの霊魂における神のいつくしみ・聖ファウスティナの日記より360番」静香)



2019年2月22日



… カルメル会の一日 …

 5:00 起床
 5:15 お告げの祈り
  念祷
 6:15 朝の祈り
 6:40 ミサ、感謝の祈り
 7:30 朝食
読書
 8:15 仕事
 9:45 三時課
  仕事
11:45 六時課、糾明
12:00 お告げの祈り
  昼食
13:00 休憩時間(手仕事をしながら)
13:30 修室に退く時間
14:15 読書
14:40 九時課、主のご死去の記念
仕事
17:00 念祷
18:00 晩の祈り
18:25 お告げの祈り
夕食
休憩時間(手仕事をしながら)
19:50 寝る前の祈り
21:00 読書課
22:30 就寝
「長野泰阜カルメル会 」より静香 



   

2019年2月21日


だらだらとパソコンを検索していたら、ちょうどその日が仙台広瀬川で二人の殉教者がでた日だとわかった。そして2月22日は彼らを導いていた外国人司祭も殉教している。私たちは日本の殉教者に取次ぎを願う時に、この国で殉教した多くの外国人司祭たちのことも思い出さなければならない。福者ディエゴ・カルワリオ神父とその伴侶、われらのために祈りたまえ。

仙台藩主、伊達政宗の時のことです。イエズス会のポルトガル人宣教師ディエゴ・カルワリオ神父(日本名:長崎悟郎衛門)は、東北地方から北海道にかけて熱心に宣教を続けていました。

カルワリオ神父は、岩手県水沢の後藤寿庵の領地・見分を足がかりとして宣教を続けていました。彼は、1624年(元和9年)、迫害の嵐が近づいていることを知り、寿庵を逃亡させ、自らも下颪江(しもおろしえ)に逃れました。下颪江の金山では、60人あまりのキリシタンが鉱山に身をやつし働いていました。その中の1人マチアス次兵衛の家に、カルワリオ神父は身を潜めたのです。

しかし、2月、仙台藩の捕手らによってカルワリオ神父は、鉱山の洞窟付近で発見され、信徒とともに捕らえられます。

彼らは、「キリシタン」と書かれた紙幟を背負わされて、大雪の中、村々を引き回されました。2月9日、歩けなくなった老人 アレクシオ・幸右衛門とドミニコ・道斉は、首をはねられました。

一行は水沢で、仙台から派遣された笹岡備後と橋本豊後に引き渡されました。2人は皆に、繰り返し信仰を捨てるようにすすめましたが、応じません。さらに、信徒たちをカルワリオ神父から引き離し、拷問によって棄教をすすめましたが、彼らの信仰は揺らぐことがありませんでした。

彼らが信仰を捨てることがないとわかった2人は、カルワリオ神父と7人のキリシタンたちを仙台へ護送しました。途中、3人のキリシタンたちが一行を待ち受け、自分たちも加えてくれるようにと願い出ました。1人は断られましたが、2人は加えられて護送されます。

仙台で牢に入れられたキリシタンたちは、1624年2月18日(元和9年の大晦日)午後2時ごろ、牢番によって、真冬の広瀬川の畔に連れて来られました。そこには、水牢と言われる池がありました。

彼らは、着物を脱がされ、水牢の四方にある杭に水中に座わらなければならないように縛り付けられました。

3時間後に引き上げられてすぐに、2人は息絶えました。生き残った7人はさらに4日後の22日、再び水牢に入れられました。凍りはじめた水の中、カルワリオ神父は、信徒たちを励ましながら最後に息を引き取りました。それは夜の8時でした。

2月18日 水責めによる殉教者
マチアス・次兵衛
ジュリアーノ・次右衛門

2月22日 水責めによる殉教
マリアス・小山正太夫
レオ・佐藤今右衛門
アントニオ・高橋佐々衛門
アンドレア・野口二右衛門
マテオ・安間孫兵衛
マチアス・若杉太郎右衛門
ディエゴ・カルワリオ神父


(「女子パウロ会・Laudate」より引用  エリィ






寄せられた感想

久方ぶりに感想が寄せられました。しかもアップされてすぐに。

感想:2019年2月21日、エリイさん。「仙台の広瀬川の殉教地は聞いたことがありましたが、具体的に殉教の様子は知らなかった。涙が出ました。この九人の殉教者の連祷を勝手に自分で作って祈ります。殉教者に感謝。エリイさんにも感謝。(お名前はありませんでした―管理人)2019年2月21日
管理人追伸:連祷には歩けなくなった老人 アレクシオ・幸右衛門ドミニコ・道斉も加えましょう。


2019年2月20日


第四の天使がらっぱを吹き鳴らした。すると太陽の三分の一と月の三分の一と星の三分の一が打たれ、その三分の一が暗くなったので、昼の三分の一は光を失い、夜もそれと同じである。
 そして私は見た。一羽のわしが中天を飛んで大声でこう言うのを聞いた、「三位の天使の吹き鳴らそうとするらっぱが響きわたるとき、地に住む者は災い、災い、災い」。


(「ヨハネの黙示録第8章より フェデリコ・バルバロ訳」 静香)



2019年2月18日


ファチマの「ロザリオの元后聖マリア」のメッセージの要点

1.毎日、痛悔と償いの真面目な心をもって、敬けんにロザリオを唱えること。

2.各連の後「あゝイエズスよ、われらの罪を赦し給え。われらを地獄の火より護り給え。またすべての霊魂、殊に主の御憐れみを最も必要とする霊魂を、天国へ導き給え。アーメン」を入れる。

3.毎日犠牲を捧げること。
犠牲を捧げるとき、「あゝイエズスよ、これは、あなたへの愛のため、罪人たちの改心のため、聖母マリアの汚れなき御心に対してなされる侮辱の償いのためです」と唱えること。「ファチマの聖母の願い」より
静香




2019年2月14日


東京教区のある信者さんからお手紙を頂き、その中のエピソードを「百千鳥」にアップする許可を頂き、いざアップしようとそのお手紙を捜したが見つかりません。もう一度その内容のお手紙を書いていただくわけにもいかず途方に暮れていたところ、見つかりました。

「12月8日の15:00から、李神父の知り合いのイエズス会の李神父(1992年来日したそうです。歳は45,6歳?)が、黙想会に来られて、色々な話をしてくれました。尊敬する日本人神父(亡くなったそうですが)が、若い頃シカゴに派遣されている頃、待降節のさなかに、病油の秘跡をさずけるために一人で老信者のところに行った帰り道、ギャングに銃を突きつけられて、身ぐるみはがされそうになったとき、コートやマフラーをとられて、ローマンカラーが見えるようになったら、そのギャングが『あっ、これは神父さんでしたか!!失礼しました』と、コートやマフラーを返してくれたそうです。日本人神父は、怖かったそうですが、震えるのを必死でおさえて、自分のタバコをそのギャングに勧めたそうです。ところが、そのギャングは、『今は待降節なのでタバコはがまんしている。毎週日曜日のミサにもちゃんと行っている』と答えたそうです・・・・」

(笑)これを読んで、昔、まだニューヨークの地下鉄に落書きがしてある頃、実際に目撃したある事を思いだしました。地下鉄が駅で止まり発車すると、入り口付近に立っていた一人の黒人青年が、高らかに何かを宣言するかのように車中に響き渡る声で話し始めました。「みなさん!私にはお金がありません!食べ物が買えません!しかし私は強盗もしません!泥棒もしません!ゆすりもしません!ですから寄付をお願いします!」一場の演説を終えた体(てい)でその青年は、おもむろに座席に座る乗客の前を袋を持って回り始めたのです。「寄付をしてくれなければ俺は強盗をするのだからな」という言外の圧力が、その紳士的な振るまいにこそ静かに漂っていたのでした。(ポストマン

2019年2月9日


ダウンロード (12)


上の写真は知る人ぞ知る有名な奇跡の写真です。もう何年も前に、天のメッセージを信じる人たちの間でもこの写真が広まりました。当時、この奇跡の写真の説明が、聖ヨハネ・パウロⅡ世教皇が聖母の御像に触れて祈っているときに、この奇跡の写真が撮られたとの説明と共に広まったと記憶しています。

しかし、実情はそんなものではありませんでした。あるサイトで詳しく写真について語られていたので、それを抜粋して紹介します。


「奇跡?」 ヨハネ・パウロ2世教皇の暗殺未遂事件

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一人のスペイン人の神父が、クリスマス休暇で帰っていたグラナダから、奇妙な写真と記事を持って戻ってきた。その写真は、日本語に訳すると、以下のような文章と共にあった。それは私の好奇心と、猜疑心と、批判精神を刺激する上でまたとない格好の材料だった。

まずは、先入観なしにそれを読んで頂きたい。なお、写真はコンピューターのデーター操作で直接ブログに貼り付けようとしたが出来なかった (どうやら絵のように最初からアナログデータだったらしい) ので、一度ワードのファイルに移し、それを光沢紙にプリントして、さらに私のカメラで撮影して、出来たデジタルデーターをブログに貼り付けるという厄介な手順を踏んだので、下のものは質がかなり落ちていることを念頭においていただきたい。(以下、記事の内容。赤の波線以下は全て記事のとおり。)

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

下の写真を見て下さい、感動的でしょう。

(写真は上の写真―引用者)

このメッセージと祈りの力を感じ取るために別にカトリック信者である必要はありません

ヨハネ・パウロ2世教皇が何故何年もこの写真を隠していたのかわたしたちは知りません。バチカンは最近になって初めてこの写真を公表しました。この写真は教皇が襲われパパモビレ(教皇の車)の中に倒れこもうとしたちょうどその瞬間、一人の警護官によって撮られたものです。彼の表情には苦痛を見とることができます。

上の写真をよく見て下さい。1981年5月13日に狙撃されたとき、聖母マリアがヨハネ・パウロ2世を腕に抱いているのが見られます。教皇ヨハネ・パウロ2世は、聖ペトロ広場に集まった人々に話しかけるために到着した時に撃たれました。彼は撃たれたとき、何時もたずさえているロザリオを手に持っていました。彼が倒れようとしたとき、何処からともなく一人の婦人が急いで彼の傍に現れ、彼を抱きとめました。上の写真がそれです。写真は、自分のカメラで教皇のスナップを撮るのに夢中になっていた群衆の一人が撮影したものだと言われていました。婦人は現れた時と同じようにすばやく姿を消しました。

狙撃者は広場で逮捕され、終身禁固刑を言い渡されました。教皇は致命傷を負いましたが、手術を受け、長い療養のすえに一命をとりとめました。驚いたことに、発射された全ての弾丸は、いずれも彼の生命に関わる内臓組織の全てを避けて貫通したことです。やっと完治した時、彼が最初に探し求めたのは彼のロザリオでした。彼がそれを手にしたとき、おん母マリアは、弾丸(複数)が彼の体をうまく通り抜けるようにその弾道を逸らされたのを感じた、と語りました。確かに、ヨハネ・パウロ2世は何時も規則正しくロザリオを唱えることを習慣としていた。ある時彼は、私の一番好きな祈りはロザリオだと語りました。

バチカンのホアキン・ナヴァロ・ヴァルス報道官は、この信じがたい写真についてバチカンが何年もかけて膨大な検討を重ねたと語りました。もちろん、写真の現像の質についても研究した。なぜなら、現像された時は、像がはっきりしていなかったので、誰もよく見ることは出来なかったからだ。写真映像の(世界中の)多くのエキスパートたちの綿密な観察とチェックを経て、彼らはその中に全く何のトリックもなかったと結論付け、この神の母からの素晴らしい贈り物をわたしたちに与えた。神の母がヨハネ・パウロ2世を抱いているのが見えます。素晴らしいではありませんか? (:[続]ウサギの日記より)ポストマン


2019年2月4日


明日は、日本二十六聖殉教者の日です。

二十六聖人の一人である、14歳の若さで殉教した、聖トマス小崎から母への手紙より一部引用します。

「罪を痛悔するのを忘れぬよう、再び重ねて申し上げます。なぜなら唯一の重大なことなのですから。アダムは神にそむき、罪を犯しましたが、痛悔とあがないによって救われました。」

私は毎日何らかの罪を犯しています。

告解の秘跡をお与えくださったイエズス様に感謝しつつ、日々罪を痛悔し、告解の秘跡に与り、聖寵の状態を保つことができますように。

日本二十六聖人にお取次ぎを願い、祈りをお捧げしたいと思います。


日本二十六聖殉教者の信仰を求める祈(公教会祈祷文より)

主イエズス・キリスト、主は十字架の刑によりて、聖ペトロ・パプチスタ、聖パウロ三木、およびその他の殉教者をして、主の御鑑みにならわしめ、日本国民の信仰の初穂として、かれらの鮮血を納め給えり。願わくは、二十六聖殉教者の御取次によりて、堅固なる信仰と迫害に堪うる勇気とをわれらに得しめ給え。アーメン。(M.D)


2019年1月30日


最後の日の直前に起こるしるし

このことを記しなさい。「私は義の審判者として来る前に、まず、慈しみの王として来る。正義の日が来る前に、天に次のようなしるしが人々に与えられる。

天のすべての光が消え、全地は真っ暗闇になる。それから空に十字架の印が現れ、救い主の両手と両足が釘づけられた聖痕から大いなる光が出て、しばらく地上を照らす。これは最後の日の直前に起こるであろう。」

(「わたしの霊魂における神の慈しみ・聖ファウスティナの日記より83番」 静香)



2019年1月28日


主イエズスの御約束

『私がすべてのことを、もっとも細かい点まで考えてあげよう。あなたはただ私を愛することだけを考えなさい!』

(冊子「愛の最も小さい道」より、シスターコンソラータへの御約束  静香)



2019年1月21日


紐ロザリオの特別なお恵み

「このロザリオを使って、ある特定の聖職者のためにノヴェナをすると、その者が、真の神の招きに従い、真実を知る恵みと、それを信じる恵みが与えられます。」

私が通っているA教会では、紐ロザリオでのノヴェナのお恵みを感じる、善い変化が起こっています。

主任司祭は、3年前にA教会に異動してこられました。

先日の待降節第三主日では、ご自分で「ピンクだから、子供たちにからかわれた」とおっしゃりながら、初めて薔薇色の祭服を着用されました。

また、これまで、待降節や四旬節以外に告解をすることは、事前予約をしなければ困難だったのですが、最近では毎回「声をかけてくださいね」とお知らせでおっしゃるようになり、実際御ミサの前に告解を受けられるようになりました。

知人は、この主任司祭のために、紐ロザリオでノヴェナを3度したそうです。私も1度行いました。

聖母は祈りを必ず受け取ってくださいます。そして、イエズス様にお取り次ぎくださいます。

そのことを実感させてくださっていることも、大きなお恵みであり、感謝しています。(あお)






2019年1月12日


1 いったい自分に、人よりすぐれたところがあるか、うぬぼれてよいところがあるかどうかを、良心に照らして反省してみよ。あなたがもっているものは、罪、いつわり、不幸ばかりであって、ひとつとしてよいものはないではないか?よしあなたが善良な愛らしい性質をもっているにせよ、それはあなたの生命のもとである神から受けたものであって、あなた自身が本来もっていたものではない、だから、そのために尊敬や好感をもたれたとしても、それはすべて神に帰すべきものであって、あなた自身のものではないのである。(マスカット「けんそんのしおり レオ13世著 デランジェラ訳 より」)


2018年12月28日


兄弟ジネプロが、6ヶ月の間の沈黙を守ったこと

この神のしもべは、自分への他人からの言葉や行いによる辱めには、それがたとえほんの僅かであっても、我慢できない性格の持ち主でした。

…相手に返す自分の言葉があまりにも人を傷つけるのに気付いた彼(ジネプロ)は、どんな犠牲を払っても沈黙を守り通す決心をしました。

…毎日が、それぞれの聖人への愛のために沈黙を守ることで、彼はなんとか6ヶ月の間、口を閉ざしたままでした。そして心中に苦痛と不安を感じながら、外面的にはどんなに苦しくなっても、決して返事をしないよう自分を押さえつけました。

…ある時のこと、彼にとり、もう忍耐もこれまでと思われるような酷い言葉を聞かされる破目になりました。…その苦しさと激しさは血が胸からこみ上げてきて、ついにはそれが口から溢れ出そうになる程ひどいものでした。

もういけないと感じた兄弟ジネプロは、たまらなく悲しくなり、聖堂に入って十字架の前に来ると、耐えてきた恐ろしい苦痛を心から嘆き悲しみました。そして彼は、「ご覧ください、我が主よ、私はあなたへの愛のため、これ程までに耐え苦しんでいるのです。」と訴えました。

すると驚くことには、磔にされているキリストが、木の十字架上で釘づけにされている右の手を動かすと、その脇腹の傷の上に置かれ、
「私もまた、あなたの為に耐えているのではないのですか。」と仰せになりました。

するとジネプロは驚きのあまり口も利けなくなると同時に、魂の一番深い所に物凄い衝撃を感じました。この瞬間に、自分が別になったのではないかと思われるような激しい感動をその魂と心のうちに覚えました。

…この時からというもの、彼は一変して神の恵みのもとに、自分に対して向けられる言葉や行いによる辱めや、気に触る嫌な事にも喜んで耐えるようになり、さらに進んで、そのような事を自らの魂にとっての貴重な宝として、自分から逆に捜し求めるようにさえなりました。
キリストの栄光のために、アーメン。

…聖フランシスコも、悪魔に取り憑かれた人が癒してもらうため自分の所へ連れて来られた場合、もしその悪魔が彼の命令で出て行かない時は、
「お前がこの人から直ぐ出て行かないのなら、兄弟ジネプロを呼んでお前を始末させるぞ。」と言うのが常でした。すると悪魔は、兄弟ジネプロと顔を合わせるのを恐れるあまり、またそれに聖フランシスコの聖徳や謙遜にも耐えられないとあって、早々に逃げ出すのでした。
キリストの栄光のために、アーメン。

(アシジの聖フランシスコの小さき花 続 石井健吾訳 聖母文庫より抜粋)(きゅうり草)



2018年12月15日


以前このサイトで「母の日常」という記事を読んだ。
この女性がうらやましかった。

私は、母の存在が、重い。
母の毒のような話を聞くたびに、心がずたずたに潰されそうになる。
だから実家にはあまり顔を出さない。
最低限の義務は果たしていると思うが
母のさみしさをいたわるよりも、自分の心を守る方を選んでいる。

聖母マリアなら決して自分を優先することはなさらないと思うけど
私にはできない。

私はカトリックだけど孝行娘ではなくて、心の中はドロドロしている。

このドロドロがいつの日か一瞬で消えますようにと
それを願って今日も祈ろう。
母も私も清くなりますように。(エリィ



 

2018年12月8日


祝!無原罪の御孕り

いと清き聖マリア!

神が彼女をお選びになられたというまさにその事実が、マリアよりも聖なる者はいなかったということを示している。もしどんな汚れでも彼女の霊魂を損っていたならば、もし他に彼女よりも清く聖なる乙女がいたなら、神はマリアを拒絶しその乙女を選んでいただろう。(サルグのヤコブ6世紀)


2018年12月7日


ニュース

crime-scene.jpg

ドイツで難民がカトリック司祭を金属の十字架で殴打し、殺害

聖母:わが子供たちよ、信仰のために苦しむ者はこんなにも少ないのですか。わが子供たちは、必要ならば信仰のために苦しみ、殉教するでしょうか。あなたたちは、わが子供たちよ、殉教は即、天国に入るのだということを理解していません。そのために戦う価値はありませんか。(1978年11月20日 聖母のベロニカ・ルーケンへのメッセージ)

メルケル首相が数百万人の難民を受け入れると聞きドイツにやって来た27歳の亡命希望者が、今年の2月にベルリンの54歳の司祭アレイン・フローレント・ガンドロゥ神父の頭蓋骨を金属製の十字架で砕き、喉を傘で突き刺し殺害したと自供。カメルーンから来たこの難民 、ロイック・シンドバッドはキリスト教徒だが、同時にブードゥー教、ブラックマジック、魔女をも信じているという。悪霊に憑りつかれている兄を心配し兄の元を訪れ、自分にも悪霊が入り込んだと感じ、司祭を訪れ、助けを求め一緒に祈ってくれるよう願った。祈りの最中に、その司祭は疑わしいという声を聞き、彼は司祭を十字架で殴り、傘で喉を突き刺し殺害した。(TLDニュース ポストマン



 

2018年12月6日


霊魂の働き

霊のあるところに、知・情・意があります。霊は、「私」という自己意識の場であり、すべての思考、感情、心や思いの源泉です。

ちょうど空気のあるところに風があり、風の音、風の力が生じるように、霊のあるところに、「考える」「思う」「喜ぶ」「悲しむ」「慕う」「怒る」「決意する」などの精神活動(精神現象)が起こるのです。(「キリスト教読み物サイト」より 静香)



2018年12月5日


ニュース

ゼン枢機卿

香港のゼン枢機卿―「ヴァチカンは、中国共産党政府が地下教会を壊滅させるのを助けている」

聖母ー「わが子供たちよ、私が過去に警告したことは、ローマで急速に進んでいます。666のエージェントは今や聖庁を完全に支配しています。おおわが子供たちよ、あなたたちの教皇のために、祈りに祈るよう私は、あなたたちの母として乞い願います。司教たちのために多くの償いをし、償いの祈りをしなさい。サタンは多くの司教の心を汚してしまいました。永遠の都ローマのドアは開かれ、デーモンたちが、わが息子の家を破壊するために入り込んだのです」(1977年6月18日 聖母のベロニカ・ルーケンへのメッセージ)

2018年11月22日のフランスのウェブサイト「ラ・クロワ」のインタビューで、ヨゼフ・ゼン枢機卿は、9月22日のヴァチカンと中国の協定は、中国地下教会にとって破壊的なものであると語った。(TLDニュース ポストマン



 

2018年12月4日


ニュース

rocket-launch.jpg

ロシア、もう一つの「殺人衛星」を軌道に乗せる!?

イエズス:わが子よ、今の時、ある国がある人工衛星を保有していることを世界が知ることは急を要する。近いうちに、彼らが(その人工衛星の)実験をすることで多くの者たちに大きな悲しみをもたらすだろう。おお、わが子供たちよ、あなたたちの知識、武器を追い求めることが、自らを滅ぼす武器を生み出すのだということをあなたたちは悟っていない。(1977年10月6日 主イエズスのベロニカ・ルーケンへのメッセージ)

 ロシア軍当局は、2018年11月30日に三つの通信衛星の打ち上げに成功したと発表。しかし米軍の複合スペースオペレーションセンターによれば、そのロケット発射で、もう一つの未発表の人工衛星が打ち上げられた。(TLDニュース ポストマン



2018年11月15日


死者の月も半月過ぎましたが、煉獄の霊魂のための素晴らしい祈りがあるので、紹介させていただきます。

この祈りを1回唱える度に、煉獄の霊魂を1000人救うことができる、という約束があります。

残りの11月に毎日この祈りを唱えれば、1人で15000人もの煉獄の霊魂を救うことができます!


大聖ゲルトルードに対する祈り(公教会認可)

永遠の御父よ、煉獄の全ての霊魂と、いたる所に存在する罪人のため、全教会の中の罪人のため、そして、わが国と、わが家族の中の罪人のために、われは今日全世界で捧げられるミサ聖祭で一致して、御子イエズスのいと尊き御血を捧げ奉る。アーメン。(マスカット)


2018年11月15日


寄せられた感想
2018年11年9日 あおさんへ
やさしいなぐさめの言葉をいただいて、ありがとうございます。

苦しみしか感じなかった、あの時のロザリオですら、聖母はおぼえて下さったと、、、
そう思うと、すべてはやすらぎに包まれる気がします。どうもありがとう。

ロザリオを握ってやすむと良いんですネ。あおさんがマリアさまに見つめられながら、すやすや眠っておられるのを想像しました。

これからは、わたしもロザリオを握って休みたいと思います。
どうもありがとう。

岩ちゃんより


2018年11月5日


クリスマスケーキ

もう7、8年ほど前のクリスマスイヴの日。

買ったケーキの他に誰からかケーキをいただきだぶってしまった。(もしかしたら3個ほど重なった?)
さすがにこんなには食べきれないと思って、よければどなたかに召し上がっていただけないかと思いめぐらして、近所のあるおじいちゃんが頭に浮かんだ。

一人暮らしのその方は当時80歳を超えていて、一人息子さんは独身で東京で働いているという話をその数日前にたまたまお会いした時に聞いたばかりだったので、その方に召しあがってもらおうと思いついた。

普段はその方と特別な交流があるわけではなくあいさつ程度のお付き合いだった。

一人暮らしの方にちょうど良い小さなケーキを選んで、子どもたちを使いに出した。

次のクリスマスの日の朝。おじいちゃんがうちに来て、インスタントの抹茶ラテが山盛りはいった袋を下さった。ご自分の好物のおすそ分けだと、そして
「昨日はわしの誕生日でした。うれしかった。」とおっしゃった。
えええ!?イヴが誕生日でしたか!
なんて偶然、神様ってしゃれたことなさるなあとうれしかった。

年が明けて元日の日の朝。郵便受けにおじいちゃんから子どもたちあてのお年玉が入れてあった。

かなり高額。

えええ!?と今度は子どもたちが喜んだ。(エリィ



2018年10月28日


ニュース

マロイ司教

米国イリノイ州のロックフォード教区のデビッド・マロイ司教、自分の教区の司祭に、トリエントミサを挙行する際には自分の許可が必要である旨を通達

2017年1月、マロイ司教は、信徒の「一致」の理由でそのような通達を自教区の司祭に出す。これは教皇ベネディクトⅩⅥ世の教皇自発教令「SUMMORUM PONTIFICUM」に反する。一介の司教が教皇自発教令を廃することなどできはしない。同司教はまた、司祭が会衆を背にして祭壇に向かってミサを挙行する、いわゆる「ad orientem」のミサも、許可を必要とする旨司祭に通達した。すべて信徒の「一致」の理由による。このような司教が現れることも、終りの時の印のひとつには違いない。(ライフサイトニュース ポストマン



2018年10月18日


反LGBTデモ参加者

2018年10月13日、ポーランドのルブリンで、数千人の反LGBTデモ

「同性愛者が跋扈(ばっこ)し、若者をそそのかすのを許すいかなる国も、滅ぼされるでしょう」(1984年6月30日 聖母のヴェロニカ・ルーケンへのメッセージ)

司祭を含む、ポーランドのカトリック教徒が反LBGTを掲げて立ち上がりました。家庭が、若者の霊魂が護られるよう、私たちは祈らなければなりません。少数派は護られなければなりませんが、LGTBという罪がその「少数派」という社会の人権擁護責務志向に滑り込んだのです。サタンのトリッキーな仕掛けです。(ポストマン



2018年10月9日


今日寄せられた感想

2018年10月1日 岩ちゃんさん
大変苦しい体験をされたのですね。
聖母は、岩ちゃんさんの苦しみしか感じられなかったロザリオの祈りも、しっかり受け取ってくださっていることでしょう。
そして、岩ちゃんさんのことを心配していらっしゃることでしょう。
これは私がよくすることなのですが、祈る元気がないとき、ロザリオを握って休むことで、
聖母のおそばで休ませていただいている気持ちになります。
おすすめですので、ぜひ聖母のおそばで休ませていただいてください。(あお)


2018年10月5日


思慮深げに遠くを見つめるような目をしながらとんでもないことを語るゲン司教

LGBT擁護のドイツの司教:「私は伝統主義者を司祭に叙階しない・・・」

ミュンスターのフェリックス・ゲン司教は、2018年9月26日、ドイツのフクラで、来たる若者をめぐるローマでのシノドスについて、プレス・コンフェレンスで自らの見解を明確に述べた。―「私ははっきり言って、第二ヴァチカン公会議前の典礼に重きを置く者たちが好きではないし、彼らを叙階しない」

「地上に天国を示すために恵みを与えたわが聖職者たちに次の警告を与える―今、あなたたちは伝統的な典礼に戻らなければならない!あなたたちは、外観が崩れ、内側が腐りつつあるわが家を建て直さなければならない。今、あなたたちは壊そうとしているものを立て直さなければならない!」(ベロニカ・ルーケンへの主イエズスのメッセージ 1975年11月22日)(TLDニュース)(ポストマン



2018年10月4日


あせた古いシャツを捨てて
新しい服を出す
私も新しくなって
前に進みたい
もっと前をみて進みたい
(さち)



2018年10月3日


ショーンボーン枢機卿

ニュース
ショーンボーン枢機卿―「いつか私は女性も助祭に叙階するかもしれない」

オーストラリアの枢機卿、クリストファー・ショーンボーン枢機卿は、9月28日のヴィエナの聖ステファノ大聖堂での教区の集会での演説で、「いつか私は女性も助祭に叙階するかもしれない」と語った。

「すでに女性の叙階を求める声が上がっている。女性はわが家で、私の代理人として立つことはできない!よくもこの異端をわが家に持ち込めたものだ!私はあなたたち中に潜み、あなたたちをわが神殿から追い出す!」(1975年12月27日、イエズスのベロニカ・ルーケンへのメッセージ)(TLDニュース)(ポストマン



2018年10月2日


ヨゼフ・ノーマン大司教

ニュース
聖職者による性的虐待の現実に危機感を覚えたアメリカの司教たちが、次々と、保護を願ってミサの後で大天使聖ミカエルの祈りを称えるよう決定しています。大天使聖ミカエルの祈りは1886年から1964年までミサの後に唱えられていました。

ヨゼフ・ノーマン大司教は、教区で、ミサの後で大天使聖ミカエルの祈りを唱えることを決めた、アメリカで6人目の司教です。日本の教会でも、ミサの後に大天使聖ミカエルの祈りを唱えることを司教に要請しましょう。手紙を書きましょう。少なくとも、個人的にでも、席で、ミサの後に大天使聖ミカエルの祈りを唱えましょう。


大天使聖ミカエルの祈り
大天使聖ミカエル、戦いにおいてわれらを護り、悪魔の凶悪なる謀(はかりごと)に勝たしめ給え。天主の彼に命を下し給わんことを伏して願い奉る。ああ、天軍の総帥(そうすい)、霊魂を損なわんとて、この世を徘徊(はいかい)するサタン、およびその他の悪魔を、天主の御力(おんちから)によりて、地獄に閉じ込め給え。アーメン。(大天使聖ミカエルの祈りは、MDMのサイトの「便利印刷」に10月4、5、6日の3日間掲載しますので、印刷する方はそちらでどうぞ)

TLDニュース)(ポストマン


2018年10月1日


ニュース
9月25日に公表されたところによると、10月の「若者」をめぐるシノドス(世界代表司教会議)に、中国カトリック(共産主義者)
愛国会の数人の司教が参加する。また、性的虐待で訴えられているマカリックがヴァチカンと中国の合意のための協議に関わっていたことも明らかにされた。マカリックはフランシスコの命令で8回中国を訪れている。(TLDニュース)(ポストマン



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今日寄せられた感想

2018年8月25日 あおさんへ
わたしの投稿にレスとお祈りしてくれてたんですね、、、
まったく気がつかなくてほんとごめんなさい。。
そして、ほんとに本当にありがとう。 うれしくて仕方ない・・・!
ひと月ほどまえ、地獄にいるような苦しいクルシい体験をして、
ロザリオ祈っても平安どころか、苦しみしか感じなくて、、、
神さまと切り離されてのろわれたんだと思った、、、
今おもえばね、
ミッションにばかりとらわれて、じぶんにもまわりにも「愛」を感じられなくなっちゃったんだよ
疲れ切ってたんだと思う・・・
だから神さまに言ったんだよ
 「ミッション休ませてください・・・もうムリです・・・!」
今はひたすら、自分を癒すことに専念してる・・・
天災が激しくなり、中国がヘンな動きをしてるから、
はやくミッションにも戻らなきゃイケナイ・・・って、内心あせりながら、、、
でもでも、まだ本調子じゃない。
でも、はやくメッセージをみんなに知らせなくちゃいけない・・・
あせる、アセル、、、

でも、ミッションはひとりでしてるわけじゃない。
日本中にきっとわたしとおなじ苦しみに耐えてる同士がいるんだよね
そんなみなさんに、今はたよります。
わたし今はミッションできませんが、どうかその間よろしくです。
岩ちゃんより



2018年9月29日


ニュース


2018年9月27日、ヴィガノ大司教が、教皇フランシスコがマカリック枢機卿の性的虐待を知りながら「教会統治における主要な教皇代理人の一人とした」という訴えに応えないことに対して、新たな特別証言(レポート)を発表。(ポストマン


2018年9月26日


グラチダ司教

ニュース
ひとりの司教、真の教皇を選ぶよう枢機卿団に書簡を送る

レネ・ヘンリ・グラチダ司教は、教皇フランシスコのコンクラーベが、教皇ヨハネ・パウロⅡ世の、コンクラーベに関する規定を定めた使徒的憲章Universi Dominici Gregis(ウ二ヴェルシ・ドミニチ・グレジス)の無効条項に該当するゆえ、新たに真の教皇を選ぶよう枢機卿たちに呼びかける書簡を公けにした。(ポストマン




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